第5話

 結局、アルフレッド王太子はマリアンヌに堕ちたわけだ。

 当時のメイリンが強く出られなかったこともあってか、既に周囲では、彼女が側妃になるに違いないと思われてたのかもしれない。


 しかし、何も婚約パーティ前日にヤらなくてもよかっただろうに。

 マリアンヌは、どうしても私に見せつけたかったのだろうか。

 いや、側妃ではなく、王太子妃になるつもりだったのか。


 目の前で怒りに震えるマリアンヌ。

 その乱れた格好じゃ、様にならないんだけど。

 そもそも、怒りたいのは私の方だし。

 おろおろしているだけの王太子には、愛想が尽きた。


「アルフレッド様、私、お祖父様の元に帰らせていただきますね。今後のことは、お祖父様を通してくださいませ」


 私は綺麗なカーテシーをして見せると、背筋を伸ばしてその場を立ち去る。

 周囲の者たちは、まるでモーゼのように私が通るための道を開いた。

 背後では、アルフレッド王太子の声が聞こえた気もしたが、それに被さるように甲高いマリアンヌの声も聞こえたので、私はその言葉を理解することは止めた。

 だって、意味がないのだもの。


『負け犬は、早く田舎にお帰りなさいっ』

『マリアンヌ!』


 ふふふ。負け犬はどちらかしらね。

 ちょっとだけ涙が出たのは、辺境を馬鹿にされた悔し涙だ。

 けして、王太子を愛していたわけではない。


           *   *   *   *   *


 夜更けの王都を、ゴードン辺境伯家の家紋を付けた馬車が勢いよく走っていく。

 その中にいるのは、疲れ果てた私、メイリンと、側仕えとして共に来ていたメイドのマーサと、護衛のキャサリン。二人とも遅い時間だったにも関わらず、着替えもせずに従者の控室で起きていた。そして、私の様子に、何も言わずに荷物を纏めだしてくれた。まるで、私が王城から立ち去るのを見越していたかのように、素早く。


「マーサ、こうなること、わかってたの?」


 私の疲れた声に、心配そうな顔で頷くマーサ。キャサリンは口惜しそうに顔を歪めて、膝の上の両手を握りしめている。


「……そう。まぁ、そうよね。気付かなかった私が愚かなのよ」

「い、いえ! けしてお嬢様は愚かではございません! お嬢様は……アルフレッド様を信じておいででしたから……」

「フフフ、それが愚か、というものでしょう」


 窓の外の景色は暗闇しか見えない。時折、どこかの家の灯りが漏れているのか、チラリチラリと見えるものの、馬車がこのスピードで走れているのだから、人通りもないのだろう。

 辺境伯家の屋敷は王都の貴族街の中でも外れの方にある。

 すぐにでも辺境に戻れるように、というのは体のいい理由で、力のある辺境伯を疎んで端に居を構えさせた、というのがもっぱらの噂。

 こういう時、すぐに屋敷に戻れないというデメリットはあるものの、まさに辺境に戻るのであれば、便利な立地だといえなくもない。


「屋敷についたら、すぐにワイバーンを用意して」

「お嬢様っ。こんな夜更けでは、ワイバーンでの飛行は危険です」

「そんなこと、言ってられないわ」

「……お嬢様」

「王家が、黙って私を辺境に返してくれると思ってるの? あの場は、皆が混乱していたから、王城から抜け出せたけれど、落ち着いたら、近衛兵あたり出して、追いかけてくることでしょう」

「そ、そこまでしますか」

「するわね。最悪、私を幽閉して、マリアンヌを私と偽って婚姻くらいしそうだわ」

「ま、まさか」


 マーサもキャサリンも、青ざめた顔で互いの顔を見合わせる。

 私の考えすぎ?

 いやいや、この中世モドキの世界。私の記憶が確かなら、ここは所謂、魔法に剣のファンタジーな世界なのよ。何が起きても不思議じゃないと思う。


「ロジー、屋敷まで、どれくらい?」

「へいっ、あと5分もすりゃ、着きます」

「わかったわ」


 御者のロジーの言葉に、私は気を引き締める。


「屋敷についたら、走るわよ」

「は、はいっ」


 私の言葉に、二人も大きく頷く。

 まもなく、窓の外を、見慣れた屋敷の門扉が開いていくのが見えてきた。

 ようやく、辺境伯邸に着いた、と同時に、これからタイムアタックが待ってるのよね、と私は気合を入れて、スカートを両手で掴むと、馬車から飛び出す準備をした。



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