閑話:冒険者へリウス
メイリンの、番の匂いが、徐々に強くなってきているのを感じる。
最初に出会った時は、身体を密着させないと気付かない程度のものだったのに、今では野営地の端にいても、微かに匂ってくる。
これは、彼女が徐々に大人として成熟している証ともいえる。これ以上、強くなってくると、俺でも番の本能を抑え込むのもキツくなる。大概の獣人は、抑えが効かなくて、暴走気味になる者も多い。
そんな姿を見せまいと、俺は必死に本能を抑え、メイリンと距離を置いていた。
同時に、同じ獣人のパティの匂いで、メイリンの匂いを意識しないようにしてきたけれど、それも難しくなってきそうだ。
「へリウス、どうしたの」
彼女の匂いに気を取られていたようだ。隣に座ってきたパティに気付かなかった俺を、訝しそうに聞いてくる。パティの匂いもメイリンの番の匂いで霞むくらいだ。そろそろ限界か。
俺は頭を振りながら「いや、何でもない」と答えたが、パティは納得はしていなさそうだったが、それ以上聞いてこなかった。
チラリとメイリンへと目を向ける。あの戦闘狂のファリアの娘とはいえ、所詮、貴族のご令嬢だ、と侮っていた部分はあった。実際、ローブに隠れていても、抱えた時の身体の細さは、折れてしまいそうだった。
しかし、魔の森の中へ入っても俺たちへ弱音や文句を言うこともなく、必死についてきている。
そうは言っても、だいぶ疲れが溜まっているようで、顔色はあまりよくない。俺は背負いの鞄からポーションを取り出すと、メイリンの方へと向かう。
「大丈夫か」
「……大丈夫に見えます?」
ジロリと睨んでくるメイリン。そんな顔も可愛らしくて、口元が緩むのを必死に抑える。
「そうだな、まぁ、仕方あるまい」
俺はできるだけ平静を装い、ポーションを差し出す。すると、驚いたような顔をするメイリン。
「ヘリウス様、これは」
「疲労回復用のだ。たぶん、明日の夕方にはなんとか森の外れまでいけるはずだ」
「えっ!? 本当ですか!」
「ああ、恐らくな」
つい、にやけた顔で返事をしてしまう。こんなに喜ぶほど、彼女にはこの路程は厳しかったのだろう。
あいがたそうにポーションを受け取ると、心底、ホッとしたような顔になるメイリン。
「明日はペースを上げる。お姫さんにはキツイかもしれんが、最後だと思って頑張れ」
「ええ」
気合を入れた彼女の顔に、俺もより一層、気を付けねば、と思った。
そして、ウルトガの町に入ったら……メイリンに番の話をしてみようか。
ああ、そうだ。
あいつにも、連絡をしておこう。きっと、あいつも祝ってくれるに違いない。あいつに祝われれば、メイリンだって幸せなはずだ。なにせ、あいつは……。
幸せな未来を想像して、一人ニヤニヤしながら、あいつへ伝達の陣で手紙を送った。
***
パティは匂い除けだった模様(笑)
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