第69話

 しっかりお断りしたにも関わらず、もうすぐ日が落ちる時間ということもあって、王太子一行は王都に帰るに帰れず(いや、帰るつもりはなかったのかもしれないけど)、城に泊まることにしたらしい。

 応接室から出ていく時、王太子の顔は未練たらたらのようで、チラチラと私を気にしていたけれど、私はニッコリと作り笑顔で見送るだけにした。

 うちの子飼いの影曰く、用意した客間で、部下たちにどうやって攻略すべきか、相談してたらしいけど、どんなに粘ったって、無理なのにね。

 当然、城の者たちから白い目を向けられるのは、覚悟の上……なのだろうか?

 実際、私との婚約破棄騒動は城の者ばかりではなく、領民たちにも周知の事実。

 なにせ、娯楽に飢えているのだ。このようなスキャンダル、噂にならないわけがない。概ね、私には同情的なので、私の方も面白おかしく話しているくらいだ。かなり、盛りに盛っているけれど。

 そんな中、彼がどれだけ耐えられるのか、見ものではある。


「すまん、メイ」


 しょんぼりしたへリウスが、私の後をトボトボとついてきている。


 ――そんなに後悔するならば、パティを拒絶しなければよかったのに。


 胸にツキリと小さな痛みが走ったが、私は、それに気付かなかったフリをする。


「なんのことでしょう。へリウスに謝られるようなことは何もございません」

「いや、しかし」


 ぐるりと私の前に現れ、覗き込む。


「そんな悲しそうな顔をさせたかったわけではない」

「えっ」


 へリウスに言われて、自分の頬に手をやる。


「大丈夫だ。俺は、メイとの約束は死んでも守る」

「……それはそれで……死なれても困るんですけど」


 呆れたように答えると、へリウスの太い眉が、へにょりと垂れた。


 ――あら、かわいい。


 思わず、クスリと笑った私に安心したのか、へリウスが廊下だというのにギュッと抱きしめてきた。一応、私にもへリウス以外の護衛がいるのだけれど、いようがいまいが関係ないようだ。

 そして、普段の彼だと力加減に遠慮がないのだけれど、今日は恐る恐るという感じ。

 つい、私の方から彼の背中へと手を回し、軽く、ポンポンっと叩いてみた。


「大丈夫ですよ。それよりも、もう夕食の時間です……王太子殿下も一緒になると思いますので……へリウス、一緒にいてくれますね?」

「当然だ」


 二コリと笑って私の頭にキスを落とす。

 見上げた彼は優しい笑みを浮かべているし、頭のケモミミはピクピクッと動いて、ふさふさ尻尾も揺れている。

 本当に、もう絆されてるし、精神的にも頼ってるって自覚あり。


 ――参ったなぁ。


 私は苦笑いを浮かべ、へリウスは意気揚々としながら、共に食堂へと向かうのだった。


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