第32話

 完全に日が落ちて門が閉じられる前に、なんとか石壁の内側へと入ることができた。ようやく、獣人の国、ウルトガ王国に入国したことになる。

 トーレス王国側からは何の通知も来ていなかったのか、そういう意味では、まったくスルーで入れたのはラッキーだった。この門が、我が国とは仲の良くないナディス王国側だったせいもあるかもしれない。

 そしてここで初めて、ヘリウスが、いかに有名人なのか、私たちは知ることになった。


「おお! ヘリウス様ではございませんか! こちらからお戻りとは、珍しい!」

「え、ヘリウス様だって!?」

「きゃぁ、ヘリウス様よ!」


 門にいた衛兵の嬉しそうな声から、その周辺にいた獣人の旅人たちや、露天商たちやらの視線が集まる。そしてヘリウスの姿を見つけたとたんに、歓声があがり、ヘリウスの周りに多くの獣人が殺到しだした。


「何これ」

「凄いですね」


 私とキャサリンは、身を寄せながら彼らの後をついていく。

 ウルトガの王族というだけで、ここまで人気があるとは思えない。やはり、冒険者としての名声というのもあるのかもしれない。


 ――あんなクズ男でも。


 ヘリウスは声をかけてくる人々に鷹揚に笑顔で応えている様は、まさに王族っぽい感じがする。


 ――あんなクズ男でも。


 ハイドとローは、いつものことなのか、あまり表情は変わらないようだけど、パティは自慢げな顔でヘリウスにすりよりながら歩いてる。


「うわぁ、もう、あれ、嫁面よめづらしてるわよね」

「お嬢様、言い方が……でも、まぁ、そうですわね」


 キャサリンも嫌そうな顔して、私の言葉に同意してる。

 それにしても、この人ごみ、ちょっと気を抜けば、置いて行かれる。彼らはどんどん前に進んで行くけど、私たちの方を気にもしない。

 そんな彼らを見ていて、私の気持ちが、スーッと冷え込んでいく。

 歩調が徐々に落ちていき、立ち止まる。


「お嬢様?」

「……ねぇ、キャサリン」

「はい」

「ここで、彼らとはぐれても、私たちのせいではないわよね」

「お嬢様!?」

「だって、彼らは私たちの護衛をしていないわよね……こんな風に置いていくのだもの」

「……」

「この時間では、乗合馬車は動いてないわね。まずは宿を探すしかないかしら」

「それではウルトガの王都へは」

「……いかないわ。危険でもナディスから我が領地へ向かう」


 ナディス王国とトーレス王国は休戦状態。一応、行商人たちの流れは止まっていなかったはずだ。

 私の言葉に、キャサリンは何も言わずに、下を向く。


「ほら、もう」


 前を見ても、彼らの姿が見えなくなっていた。

 それだけ、私たちのことを護衛対象と見ていないということだ。

 気持ちが完全に冷めきったのは言うまでもない。


「行くわよ。キャサリン」

「お嬢様の御心のままに。私は、貴方様をお守りするだけです」


 厳しい顔をしたキャサリンを見て、少しだけ申し訳ない気持ちになる。彼らがいただけでも、キャサリンの負担は大分違ったのかもしれない。彼女もまだ若い女性なのだから。

 でも、私はもう、彼らと共に行動するのに疲れた。

 私は彼らの進む方向とは別に、少し人通りの少なそうな脇道にそれた。



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