第31話

 日差しが赤く変わってきた。もう、夕暮れ時、ということだ。

 あれから、何度か魔物と遭遇することはあったが、今朝が一番のピークだったようで、それほど強い魔物とは会わずに済んだ。

 木々が少しずつ減ってきたのを感じ、もうすぐ森が切れるのか、と思っていたところで。


「お、ようやく、石壁が見えてきたな」


 ヘリウスの明るい声が聞こえた。


「はぁ、やっと人のいる世界に戻ってきたか」

「長かった~」


 ハイドとローの疲れ切った声が聞こえる。

 私とキャサリンは彼らの後方にいたので、脇から覗き込むと、森が切れた先に一面の石の壁が現れた。

 

「す、すごい」

「見事なものですね」


 ゆっくりと森から出て、石壁を見上げる。高さは十メートルくらいだろうか。高すぎて、首が痛くなりそう。でも、これだけの高さがあれば魔物も上ってはこれないかもしれない。左右を見ると、どこまでも石壁が続いている。


「ここはどの辺になるのかしら」

「それなら、あの右手の奥の石壁の上を見てみてください」


 そう言って指先たのは魔術師のロー。言われた通りに目を向けると、大きな旗が風にたなびいているのがわかる。黒地に金色の星が二つ、だろうか。


「あれは、この石壁の位置の目安になります。万が一、魔の森を抜けてきた者がいた場合、あるいは、あちら側の森の中で迷って出てきた場合の目印ですね。星が二つ、ということは、ナディス王国側のメダルス砦の近くに出たことになります」


 ということは、もうトーレス王国を抜け出したのね。

 それに気付いたとたん、腰が抜けた。


「お嬢様!?」

「あ、ご、ごめんなさい、なんか気が抜けて」

「大丈夫ですか、立ち上れますか?」


 上から聞こえるキャサリンの心配そうな声に、変な笑顔を浮かべて顔を上げる。つい涙が浮かぶ。


「手、貸してくれる?」

「はい」


 キャサリンの優しい声に励まされ、なんとか自力で立ち上がる。その間、冒険者たちは周囲を警戒しながら、私が動き出すのを待っている。


「……待たせて悪かったわね」

「いや。さて、ここからメダルス砦まで、石壁沿いに歩いていけば、なんとか日が落ち切る前には着くだろう。むしろ、落ちる前に着かないと、また野営するはめになる」


 その言葉に、せっかくの喜びが半減。やっと人の世界に戻ったというのに、ベッドで眠れないなんて、辛すぎる。


「メイ、ペースを上げるが大丈夫か」


 ヘリウスが、石壁沿いの道ともいえない道の先を見ながら聞いてくる。

 今更、大丈夫か、なんて聞かれても、歩くしかないんでしょ。一々、確認なんかしなくてもいいのに。


「行くしかないんでしょ」

「その通り」


 チラッとだけ私に目を向け、いつもと違って少しだけ優しそうに笑った。

 その笑顔にドキッとする。こんなクズ男に、何、ときめいてんのよ! と、自分を叱咤し、目を逸らす。その視線の先に、昏い目をして立っているパティが、私を見ていることに気付いてゾッとする。


 ――やめてよ。勝手に嫉妬とかするの。リア充はリア充で仲良くしててくださいよ。


 ヘリウスたちが歩き出し、パティもそのままヘリウスにへばりついている。まったく、あれで斥候だなんて、誰も思わないでしょうね。

 思わず、大きくため息をつきながら、彼らの後を追いかけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る