Fragment.0

 書き記した人の命を奪うノートを手に入れた男の子の漫画、爆発的に流行ったじゃない? 世界最高レベルの頭脳を持つ彼は、全身全霊で悪人を葬り去り、世界は穏やかな秩序を手に入れかける。その子は結局、自分の周囲のすべての人に裏切られて、最後はノートをもたらした死神の手によって、命を失って物語は終わるんだけど。

 でもその最後に彼は言うんだ。


「死」が怖い。「無」が怖いって。


 漫画の作者さんの死生観が反映されていると思うんだけど、死んだあとは何も残らない。受け継がれない。

 その存在はその段階で一切が途絶えて「無」になる。

 「それを考えるとぞっとする」ってその人は、作品完結後のインタビューで答えてた。



 でも、私はまったくそれが理解できないんだ。




 人は死んだあとどうなるのか。よく言われるのは、


1、天国か地獄にいく

2、輪廻転生、生まれ変わり


それと3、さっきの無。なにもない。

 でも天国だって無尽蔵な広さじゃないし、地獄も悪人を更生させた後はきっとまた新天地に送り出すんじゃないかな。それが人間とは限らない。蜂とか、樹木とか、もしかしたら水かも。

 でも生命が生まれ変わりを続けるなら、その根本的な形質はきっと変わらないはずだ。

 だから私は、憶病で意地っ張りで、協調性がなくて理屈屋で、どうしようもなく卑しくて、人間としては「欠陥品」だった私は、他の生物になってもそんなに変われやしない。

 蜂になったら、毎日蜜を集め続けることに疑問を抱いて、コロニーで孤立して。

 木になったら、太陽に向かってまっすぐ伸びることに嫌気がさして、ねじくれた奇形になって見るものを不快な気分にさせるんだ。

 水になったらなったで、動かなくて楽だ、とゴミが溜まった沼の端っこでぷかぷかしてるだろう。

 そんなことを何十回も繰り返して、天文学的な確率でまた人間になれたとしても、また今と同じような境遇になると思う。



 だったら私は生まれ変わりたくない。

 私のこの命はここでまったくお終い。それでいい。それがいい。



 もう二度と、

 楽しいことも、嬉しいことも、悲しいことも、辛いことも感じられなくて、

 食べ物がおいしかったり、家族で面白い話をして笑いあったり、

 普通の人が簡単にできることができなくて泣きたくなったり、自分の愚かさを痛感して悔しかったり、

 絶望したり、死にたくなったり。



 できなくったって別にいい。

「無」になれたなら、何もかもが意味はないんだから。そう考えるといつも鬱々うつうつとしてる頭の中も心なしかすっきりして、楽になれる。


 私は多くの日本人と同じく無宗教で、神様に常日頃から祈ったり感謝したりしない。都合がいい時だけ、「おお、神様」と神頼みするにわか者だ。



 だからどうか神様、お願いします。



 私が死んだとしても、次の「役割」を与えないでください。

「こいつは糞の役にも立たない上に、困った時にしか祈らない見下げた無神論者だ」とあっさり見切りをつけて、「私」の「情報」をこの世界から一切合切いっさいがっさい消してしまってください。

 それが私の望みです。

 それだけが―――――。

                               

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