Lost Memory.4.0

追跡結果(詳細)

 

 ちんけな君のことが、もっと知りたい。

 次の日から、君の「追跡」を開始したんだ。


 学部が同じだということは、君の以前の出現ポイントから察しはついていたけど、裏が取れた時は、また嬉しかった。

 これは運命だと思った。


 君へのストーカー……げふんげふん、密着を続けて、君のことをどんどん知っていった。

 どんな書物を読むより面白い行為だった。

 好きな食べ物。

 利用する食堂が同じだから、簡単に分かった。鶏肉のささ身はおいしいよね。うんうん。健康にもいいし。

 通学時間。

 君はとても規則正しく学校に来て、寄り道をしないから、正門で待ち伏せていれば、一日二回は会える。ふむ。けっこう始業ぎりぎりだね。朝が弱いのかな? 私と一緒だね。逆に帰りはさっさと去っていく。やっぱり学校は辛いのかな。

 大学での過ごし方。

 月から金までのスケジュールは、ばっちり頭に入ってる。

 サークルには加入していない。

 友達もいない。

 本が好きで、図書館に足しげく通うこと。

 一時間に一度はお手洗いに行くこと。

 エトセトラ、etc。

 おっと、大丈夫。さすがに自宅まで押し掛けることはしなかったよ。やっぱりプライベートエリアは大事だからね。私もそこはわきまえているよ。



 君は「まとも」だった。物静かで社交性がないけど、真面目な学生だった。

………

 これ以上の調査には、もっと接近する必要があるな……




 ある日のこと。


 休憩時間のお手洗いはいつも混んでいるけど、その日は格別だった。君は入るのを躊躇ちゅうちょして、廊下でかばんを空けた。何粒かの錠剤を水筒のお茶で流し込んだ。

 何の薬だろう。内臓? 皮膚?


 もしかして……精神?


 それからは休日返上で密着取材を敢行かんこうした。(お前は毎日が休日だろう、という指摘は一切受け付けない)追跡に追跡を重ね、ついに君が精神科に通院していることを知った。

 この出会いは必然だと確信した。


 偶然をよそおって、出逢いを演出することを試みる。

 最接近したのは、残暑厳しい九月。

 周囲に誰もいない絶好のシチュエーション。

 ありさんレースの実況中継を試みた。

 さあ! 話題性抜群ばつぐんだよ!!!

 話しかけてこおい!!!



 スルーでした。



 私にも羞恥心しゅうちしんはあるんだ。あれはへこんだよ……



 結局、しょうもなくていい、特別じゃなくていいと自分で言っておきながら、私は「運命」にとても弱かったんだ。

 人は数量限定版とか、「ここだけしか手に入らない!」とかに、釣られ過ぎたよね……



 らちが明かないので、強硬策に出た。

 ハードルは高いが、時間の猶予ゆうよもあまりない。

 私がもう、もたない。

 こうなったら、自分から話しかけてやる。

 「運命」的な出逢いを、強引に演出してみた。

 あの日。

 君と、私の「新しい」通院先の、病院のエントランスで。

 君の診療時間が終わり、会計が済むのを待ち構え、何食わぬ顔で君と出会った。




「あ~ あ? ……ちょっと待って、この辺りまで出てきてる……思い出しそう……」


 私は左手の人差し指を頭に向け、記憶をさかのぼっている「ふり」をする。


「あ! あ~あ~あ! 君、どこかで見たことあると思ったら、大学の!」





 次の瞬間、君が私の発声を食い止めるべく行動を開始したのは、まったくの想定外だったけどね。

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