お家Date-2

 別に明日でもよかったのだが、善は急げと諺でも言うし今日訪ねることにした。目指すは大学の東に広がる住宅街の中の一軒だ。

 飯島先輩は目印のコンビニのある交差点で待ってくれているそうだ。そのコンビニが本当に大学の最寄りの店で、あっという間に着いてしまう。心の準備をする暇さえない。

「おーい! こっち、こっち~」

 大振りに手を振って僕を招き寄せた彼女の「すぐそこだよ」の言葉通り、大通りを逸れてわずか二分ほどで到着する。ちなみに彼女の今日の服装はまったく出かける気のなさが伺える部屋着で、地味な色の無地のTシャツと短パンにつっかけである。

 先輩の家は異様に縦に長い、二階建ての日本家屋だった。

「元々、祖父母が住んでた家にくっつけて、家族みんなが住めるようにしたんだ」

 玄関の扉をガラガラ開けて、説明してくれる。

「ただいま~」

 パタパタ足音がして小柄な女性が顔を見せる。飯島先輩が20ほど年を重ねたらこうなるだろうという容姿だ。

「おかえりなさい。早かったわね。……こちらがさっき話してた方?」

「うん。大学の後輩クン。名前は高橋月路くん」

 あの、

「……こちらは?」

「ん? お母さんだけど?」

 それ以外の何に見えるんだい、と首を傾げる先輩。

「お母さん、専業主婦だから」

 ……

 デ、デスヨネー 

 さすがに自宅で二人きりでとかないですよね。邪なことを考えていてすみません、お母さん。

「初めまして。高橋月路といいます。加奈さんの学部の後輩です。加奈さんにはいつもお世話になっています」

 いつも、と言えるほど付き合いは長くないのだが、そこは社交辞令だ。

「こちらこそ娘がお世話になっているみたいで…… 母親の直美です」

「詳しいことは夕食の時、話そ。あ、お母さん。彼の分も用意できる? せっかくだから食べてってもらうと考えてるんだけど」

 え、夕食?

「いや、あの、悪いですよ。ご飯までご馳走になるなんで。それまでには帰りますから」

「あら、構わないわよ。今日はハンバーグでタネを多めに作ってたから。食べていきなさいな。……お話もいろいろ伺いたいし」

「ありがとー じゃ、私の部屋は奥だから」

 詮索と疑惑の眼差しを背中にひしひしと感じながら、廊下を歩く。そりゃあ急に娘が家に男を連れてきたら、戸惑わない親の方がおかしい。とにかく会食はなんとしても回避したい。相手が先輩とお母さんだけでも、針のむしろ状態になるのは目に見える。

「かな」のネームプレートがかけられた部屋に辿り着く。小さい頃から使い古された感がある。

「どうぞ。適当に座ってて。お菓子とお茶持ってくるから、ちょっと待ってて」

 僕を部屋に押し込んで、先輩は慌ただしく出て行こうとする。

 だが、入り口でぴたりと立ち止まって、振り向きざま、

「女の子の部屋に一人きりだからって、興奮して変なことしちゃ駄目だよ?」

とにっこり言い放ち、顔を真っ赤にした僕を残して廊下に消えた。



 カーテン、ベッド、テーブル、壁紙。

 全体的にピンクで統一された装飾。

 本棚には漫画本、文庫本が間隔を開けて、綺麗に並べられている。

 備え付けられたベッドには大小様々なぬいぐるみが枕元に鎮座している。

……

 どこに腰を下ろせばいいんだろう。

 ベッドはない。学習机の椅子? いや無理だ。床にしよう。

 テーブルの前に座り、もう一度部屋の中を見回す。

……

 鼻から吸い込む空気が心なしか、ほのかにいい香りがするような……

 あの押し入れの中にはどんな秘密が詰まっているのだろう。

 先輩に言われた言葉が頭を離れない。

 桃色の部屋でどうしようもなく、桃色の考えが浮かび……

「若造。わしの目の黒いうちは、孫の部屋でいかがわしい妄想は許さんぞ」

「わあああああああ!!!!????」

 急に背後から声がして、生まれて初めて僕は驚きで絶叫した。

 押し入れだと思っていたふすまが開けられ、小柄な体躯たいくの老年男性がこちらをぎょろりと睨んでいた。

「も、も、もしかしてせんぱ、加奈さんのおじいさま、でしょうか……?」

「初対面の小僧に、おじいさまとは呼ばれたくないが、まあそうだ」

「どうも、お邪魔してます。高橋月路と申します……」

「うむ、わしは飯島啓二という」

 老人はのそのそと部屋に入ってきて、どかりと僕の隣に座る。気まずい時間が流れる。先輩、早く戻ってきて……!

「小僧、歳はいくつだ」

「は、二十歳です」

「あの子より、四つも下か。尻に敷かれる様が目に浮かぶ」

 恋仲になる予定はこれっぽちもないが、もしそうなったらそんな気はばりばりする。

「いずれにせよ、あの娘とそれなりに仲を進展させたいなら、覚悟が必要だな。あのじゃじゃ馬を手名付けるには相当苦労するぞ」

「はい」

 それはよーく骨身にしみております……

「あれ~?」

 図ったようなタイミングでお盆を持った先輩が返ってくる。内緒話の男二人は口をつぐむ。

「おじいちゃん? こんな時間に起きてるなんて珍しー これはいよいよお迎えが近いのかしら」

「たわけ。わしはまだ十年は生きる。昨日、あれだけ家の中でごそごそやられたら、睡眠のリズムも狂うわい」

「???」

 なんのことだろう。

「わあああ!!!??? それは言わないで!!!」

 今度は先輩の絶叫が部屋に響いた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る