お家Date-3(熱闘)
「わしは部屋で寝とるから、若いので勝手にやっとくれ」
と言って、お爺さんは隣室へ戻っていった。いったい何がしたかったのだろう。
いや、孫娘の部屋が荒らされないためのお庭番か。
元々この部屋は、先輩のお婆さんの部屋だったらしい。二年前にお婆さんが亡くなってから、先輩が譲り受けたそうだ。そのため隣室はお爺さんの部屋になっている。
年の離れた祖父と孫娘の組み合わせは何かと気苦労がありそうだが、普段はお互い干渉しないスタンスらしい。
「最近は日中、寝てばかりで生きてるのか、死んでるのか分からないくらい」
飯島先輩はあっけらかんと言ってのける。少しお爺さんが可哀想になる。
「じゃあ、お勉強ターイム!」
先輩に講義ごとに板書したノートと、配られたプリントなどを見てもらう。その過程で、待ちかねた手作りクッキーをご馳走になった。まさに絶品の一言である。しかも出来立てなのか、なんとほのかに温かいのだ。
「この先生は毎年、同じ資料を使いまわしてる。全部覚えようとすると
「助かります。最初プリント見た時は、マジ真っ青でしたよ」
「この人の板書は超適当で、書いてあることも、言っていることもよく分かんない。人に教えるのが下手な人なんだろうね。とにかく本番は何か書く。たくさん書く! そしたら正解に引っかかって、部分点で加算されてく……はず!」
「なるほど。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、ですね」
「この教授は細かい話をテストに混ぜてくるから。満点を狙うなら聞き漏らしちゃ駄目だけど、そうじゃないなら普通に集中してればラクショー」
「あの人、話あっちこっち行くのにそんなことするんですか……」
と、どの情報も素晴らしく参考にはなったのだが、
「終わっちゃったね……」
「……ですね」
「早かったね」
九月も終わりがけ、日は短くなっているのに、外はまだ明るい。
「そもそも学期始まったばかりだから、授業全然進んでないし。今から暗記しても意味ないし」
ですね。
「これから、どーしよー」
これは、
「どうしましょう」
お待ちかねの、まさかまさかの?
「ん~ それじゃ」
ご褒美タイム?
「将棋でも指そうか」
先輩は駒箱と将棋盤セットを、机の引き出しから取り出した。
(ここから先は次の空白まで、将棋に興味のない方は読み飛ばしてください)
☗先手・高橋月路
☖後手・飯島加奈
手合い・平手
持ち時間・各30分・切れ負け
先手、高橋の1手目は☗7八飛。対する飯島は飛車先の歩を突く☖8四歩。振り飛車対居飛車の戦型となった。
まずは互いに自陣に手を入れ、守りを固める。飯島は
彼女の自信が虚勢でないことが、徐々に盤面の形勢に現れ始める。高橋が美濃囲いを高美濃にしようとした一瞬の隙を、飯島は見逃さない。迷いなく銀を角頭にぶつけ8筋を強襲し、突破。絶対的な優位を築き上げる。
高橋は少しでも攻めを送らせつつ、強引に4筋を食い破ろうとする。大駒が懐深く潜り込む38手目☖1一角成を大胆に手抜き、☗4三歩成と敵陣に拠点を造る。思っても見なかった反撃に飯島の指し手が狂う。
ここで飯島は初めての長考をする。その時間12分。
飯島の次の一手は受けに回らず、ゆっくり攻めを継続する☖2一馬だった。高橋はと金で敵の飛車を抑え込み、龍をつくり絶好調。しかしここにきて、攻めの薄さが露呈する。飯島の王将の周りに守りはないのに、その距離がどうにも遠い。
捕らえられそうで捕まらない絶妙な
さすがに焦った高橋が自陣に手を入れるも時すでに遅し。自分の玉は数手で詰む。ならば先に相手の王を殺すしかない。高橋は最後の猛攻を仕掛けるも、飯島の96手目☖2一桂打が決まり手だった。もしここで持ち駒を惜しんでいたら、勝敗の天秤は逆に傾いていた。この桂馬を龍で取っていては、間に合わない。
たまらず高橋は投了。勝負所で冷静さを失わなかった飯島が接戦を制した。
残り時間・☗2分 ☖5分
「これまでか…… ありません」
僕は悔しさで、思わず虚空を見上げる。
「ふう、紙一重だったね」
飯島先輩の額には薄っすらと汗がにじんでいる。対局中何度も手でいじって乱れた髪の毛が肌に張り付いているのにも、気に留めないくらい全力で勝ちに来ていたことが分かる。
「いや、一見そう見えますけど、実力の差はあると思いますよ? ここで☗3五龍で王手とかありえないですよね。王を逃がすだけなのに。お恥ずかしい……」
「う~ん。元々強行突破だったからね。受けに回ってもジリ貧だから、仕方ない所だけど。強硬策自体は、意表を突かれて私がミスしたから、いい判断だったと思うよ」
「金銀3枚で固くして安心してたんだけどな。気づいたら、孤立しちゃったな」
「ふふふ。私、王様素っ裸にするの得意だし、大好きなの」
言い方、言い方。
緊迫した熱戦を終え、二人で和気あいあいと感想戦をしていると、
ガラガラ。
「まったく。パチパチ、パチパチうるさくしおって。こっちは眠れやせん」
再び隣室からお爺さんが顔を
「あ、す、すいません……」
ちょっと騒ぎすぎたかな。お年寄りは駒音のような高い音が気になるというし。
「将棋やるなら、わしも混ぜんかい」
寂しんぼ爺さんが仲間に加わった。
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