お家Date-4
お爺さん(ちなみに父方だそうだ)は明らかに強者のオーラをまとっていた。
「ふぉふぉふぉ。言っておくが、わしは中飛車しか指さんよ」
と宣言し、その通り飛車を5筋に振り、先輩に瞬殺された。
47手で終わった。
その後、僕も彼に挑み、比較的楽に勝った。
「こんな不自然極まりない(?)、ふぁんしーな部屋では本気が出せん。外に行くぞ、外」
と、玄関近くの畳部屋の縁側に三人で場所を移し、先輩に虐殺された。
一切容赦なかった。
「……ええ~~い!! こら加奈ちゃん! 一応、客の前だぞ。年長者に花を持たせる気はないのか。このあんぽんたん娘が!」
あんぽんたんって
「え~ だってお爺ちゃん、手を抜くと怒るじゃん。駒落とそうかって言っても平手しか指さないし」
「駒落ち将棋なんて死んでもごめんじゃい。それに真の強者は相手にそれと気づかれず、いい勝負をしたと錯覚させるもんだ。それに比べれば、お前はまだまだだのう」
「弱っちいお爺ちゃんに言われても、響かないなあ」
なにおう。生意気な孫娘め。ほら、もう一局だ。
お爺さんは三度果敢に挑むも成すすべなく、敗れる。
「ほら、坊主。お前さんもやれ。この面の皮の厚い娘に一泡吹かせてやれ」
それから僕、お爺さんと変わりばんこに挑んだ。時間が惜しいので途中から二面指し(一人が二人の相手を同時にする指し方)になった。
それでもついに、一回も勝利することは叶わなかった。
夕暮れ時、辺りが真っ赤に染まる。明日は雨が降るかもしれない。
秋の気配が空気に混じる。こんな涼しげな夕方にこそ、蚊はぶんぶん飛び回るのでお爺さんは蚊取り線香を付けた。独特の煙臭さが懐かしい。
キキッと自転車のブレーキ音がする。顔を上げると見知った僕の母校の学生服を
「おかえり~
「信じられん…… 姉ちゃんが家に男連れ込んどる……」
海斗と呼ばれた少年は、僕を見て呆然と呟く。
「帰ってきて第一声がそれ? 他に言うことあるでしょう。よかったねとか、おめでとうとか」
弟の海斗。高校二年生ね、と簡単に紹介される。
「高橋さん、外見に騙されたらいけないです。姉は性悪という言葉では生温い厄介な女ですよ」
「それは知ってる」
「二人ともひどい」
姉弟でわいわいじゃれあっているのを微笑ましく眺めていると、お爺さんが傍によってきた。
「坊主。ちょいと面貸せ」
仲睦まじい姉弟から距離を取って、声を抑えてお爺さんは語りだす。
「あの子は容姿はいいし、頭もよう回る。わしには過ぎた孫じゃが、この年まで浮いた話の一つさえなくてな」
「はあ」
「最近はガラにもなく浮かれおって。爺ちゃん、爺ちゃんと泣きついてきた頃を思い出すと寂しい気もするが。あの子なりに気を遣う相手ができたことを、喜ぶべきなんだろうな」
「……」
「死んだ婆さんも勝負事はえらい強かった。ここぞという時の度胸と勘が段違いだよ。飯島の女には勝負師の血が流れとる。その目利きの加奈が選んだ相手ならば、まず間違いはなかろうて」
啓二さんは片目を閉じて、忠告する。
「女の方から一度でも手を握ってきたら、絶対放したらあかんぞ、小僧」
そうやってわしは婆さんのはーとを射止めたんだからな、と彼は誇らしげだった。
海斗が自室に向かい夜の闇が深くなり、そろそろお開きにしようと腰を上げたところ、一台の車が敷地内に滑り込んでくる。
「おっ? 雄二、今日はえらく早いお帰りだのう」
「ははは。急に予定がキャンセルになったんだ」
髪の毛に白いものが混じった中年の男性が運転席から現れる。先輩のお父さんでまず間違いないだろう。
というか、これは動揺したお母さんが職場に電話して、慌てて帰宅したパターンじゃないだろうか……
その証拠にお父さんは車から目の前に歩いてくるまで、僕から一切目を離さなかった。
「初めまして。加奈の父親の雄二です。君のことはいつも娘から聞いているよ」
「恐縮です……」
言外に含みがありそう、そして目が瞬きしないから怖い。
「さあ、暗いし中に入ろう。そろそろ夕食だろう。いつもは一緒に食べれないが、」
「うん、お母さん、月路クンの分も用意してくれてるよ」
「……そうか」
その間は何ですか。
「いや、僕はもうお暇しますんで」
「何を言う。積もる話は食卓でたっぷり語ろうじゃないか? なあ、親父。親父もたまには一緒に食べないか?」
「年寄りは邪魔だろうて。直美さんにはいつものように、部屋まで運んでくれと伝えてな」
「はいはい、分かったよ。それじゃあ行こうか?」
こうして僕はなすすべなく、飯島一家の団欒にお邪魔することになった。
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