第三章

お家Date(her)

「学校で会おうよ」

「絶対やめてください。勘弁してください」

 三日ぶりの飯島先輩からのLineは、当たり障りのない辞令の句を除けば、こんな内容だった。具体的には今日か、明日。僕は速攻で返信していた。

 この人は大学で悪目立ちしている自覚はないのか。いや、のほほんとした言動で隠してはいるが、あれで人の機微に敏い女性だ。少なくとも事前にスマホでお伺いを立てる気遣いができるくらいには。

「学校では内緒の関係を通すの? 寂しいよ~」

 だから、これは僕を困らせたい確信犯の悪ふざけだ。

 なお悪い。

「有名人(不名誉)の先輩と一緒にいたら、僕がどんな醜聞しゅうぶんをたてられるか。とても身が持ちませんよ」

 そもそも。

「先輩なんで大学来るんですか。三月に卒業したんですよね? その後も何回か、構内でお見かけしたんですが」

「だって居心地がいいからさ。特に新しくできたお庭。完成したら、即卒業だったから全然堪能できなくて。悔しいじゃん?」

「先輩、遊んでていいんですか? 就活は進んでるんですか。早くニートを脱しましょうよ」

「君は私の親なの? 一昨日、最後の結果が送られて来たところ。ぜーんぶ不採用。昨日は一日、ベッドで懊悩おうのうっすよ。そのリフレッシュも兼ねて、付き合ってよ」

 確かにそれはお気の毒だが、僕にも譲れないことはある。

「まあ、いいよ。君の迷惑になることをするのは、私の本意じゃないしね」

 お、珍しく先輩が引き下がった。

「今更な気もするけど。モールで二人で遊んだ後だし」

 それは言わないでほしい。我ながら迂闊うかつだったと思う。時間がなくて、初めての「デート」で舞い上がる……もとい動揺してて。あの週明けから、どうも周囲から好奇の目で見られている気がする。


「じゃ、譲歩してあげるから、私の家に来て」


 なんでそうなる!?

「だって街で遊ぼうにも大学の人に見られる可能性はあるし。かと言って、君の地元でも同じ問題が発生するよね」

 確かにその通りだが。

「じゃあ、知り合いのいない街まで出かけるのは?」

「密会デートは魅力的だけど、今は気分じゃないなあ。そもそも、そこまでして遊ぶ必要ある?」

 ホント、そこまでして遊ぶ必要はあるんですかねえ。僕が心の思いを文字にしてぶちまけようしたら、

「お姉さんが勉強見てあげるよ? 手作りのお菓子もあるし。それで時間が余ったら……ねえ?(意味深)」

 僕は頭を抱えて、葛藤した。

 同世代の女の子の家に行く。それは世の男子が感涙にむせぶ、おいしいシチュエーションである。可愛い先輩(訳アリ)が勉強を教えてくれて、お菓子を振舞ってくれて、その後もしかしたらムフフなハプニングが。

 落ち着け。冷静になるんだ、高橋月路つきじ。そんな嬉し恥ずかしハプニングが起こるのは創作の中だけだ。

 しかし、悲しいことに非モテの僕には、正直こんな機会はこれを逃せば巡ってこないかもしれない。こんな棚から牡丹餅ぼたもちを逃して、後々後悔しないと言い切れるだろうか。

 そうして懊悩する僕に最後通牒つうちょうのごとく、

「キミ、人質。ワタシノ言ウコト聞クノ、ゼッタイ」

なる怪文書が送られてきた。

 脅迫なら仕方ないよね。行くしかないよな。さあ、準備、準備。



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