Date-3
結局お詫びに、昼ご飯を奢ることになってしまった。くそう。これは厚かましくて、意地汚くないのか。
「女の子の涙は基本無料のスマホゲームじゃないんだよ。デートにタダでありつけたのが望外の幸運なんだから、少しは課金しても罰は当たらないよ」
飯島先輩は悪びれもせずに言う。
とは言っても二人でやってきたのは、ハンバーガーの最大手マグネロンドバーガー、通称「マグネ」。金額はたかが知れている。
どのセットにします?あんまり高いのは勘弁してくださいよ、と言おうとしたら、先輩は鞄にごそごそ手を突っ込んでいる。
取り出したるは一枚のカラー紙。
「なんですか、それ」
「マグネのクーポンのチラシ。新聞の折り込みに入ってるやつ」
新聞を定期購読していない僕には、無縁の存在だ。
「なにかお得なクーポンがあるんですか?」
「一、二年前に比べると値引きが大分しょぼくなったんだけど、これだけはまだ使う価値がある。ポテトどのサイズでも150円」
確かにLサイズならお得感がある。
「でも飲み物はともかく、肝心のバーガーはどうします?」
「ハンバーガーでいいじゃない」
え、あの100円の?
「それはちょっと寂しい気が……」
「……月路クン、あのね」
飯島先輩は厳かに真理を告げる。
「ここのバリューセットは高い」
しょうもない真理を。
「バーガー、ポテト、ドリンクの単品価格と比べると割安な印象を受けるけど、それは単品が高すぎるだけだから。錯覚なの、マグネの巧妙な罠。どうしても頼みたいなら、土日じゃなくて平日の昼間にしなさい。ランチ価格でほんとーに多少はお得だから」
「……あ、はい」
その後、せめてチーズバーガーにしませんか、と食い下がったのだが、
「は? チーズ一枚で40円も取られるんだよ。ぼったくりだよ。食べたいなら下の生鮮食品売り場で、スライスチーズ買ってきなよ」
と、正気を疑われるレベルでまくし立てられたので、おとなしく二人ともハンバーガーとポテトLを注文した。「君、ハンバーガー一個でお腹膨れる? 二つ頼んだら?」と助言をいただいたので、そうした。
いったい間違っているのは僕の方なのだろうか。
まあ財布の方は助かったから、良しとしよう……
ぐだぐだ言ったが、食べ始めると案外おいしい。塩気の効いたダイレクトな牛肉の味と、ケチャップソースが胃に染みる。とはいえ毎回これではさすがに飽きて、甘みのあるチーズが欲しくなるだろう。
「じゃーん、見て」
ポテトをぼそぼそつまんでいると、先輩は花柄で水色の水筒を取り出した。
「私も今日は家でハーブティーを冷やしてきたんだ。君が病院で水筒持っているのを見て、私もそうしよーって。環境に優しくて経済的だよね」
「そうですよね。あんな水にちょっと色と砂糖混ぜた液体にお金を落とすなんて、もったいなくてできないですよね」
「そ、そこまでは言わないけど。エコって感じがしていいよね」
「それだったら最初に飲み物買った時も、それ飲めばよかったじゃないですか」
「いやあ、それがし、すっかり気が動転しておりまして」
たはーと頭を掻く。
しばらくお互いに目の前の食事に集中する。八割がたポテトが空になったところで僕は話しかける。
「しかし実際、人ってのは分からないものですね。変人だと噂は聞いていましたけど、こんなに奥ゆかしくて、家庭的な人だとは思いませんでしたよ」
「人見知りとケチ臭いを、うまく誉め言葉に変換してくれてありがとー」
見抜かれている。
「噂ていうとあれかな。お金の使い方が荒くて、男をとっかえひっかえしてる天然系淫乱女とか」
そうそう。
「遊び過ぎて単位を落として留年しまくっている、学内で暴力事件を起こして複数人に重傷を負わせたイカレ女とか言われてんの」
「そうなんですけど、自分で言ってて悲しくなりません?」
「あはは~」
ここはそんなのんきに笑う場面じゃないと思う。
「まったく気にならないって言ったら嘘になるけどね。だけどあまりにも根も葉もない話だと、逆にどうやって生まれたんだろうって感心するくらい」
世の中、いい男がわんさか寄ってきたらこちとら苦労してないつーの。先輩はバーガーを一口むしゃりとやって不満を漏らす。
「バイトしようにも人が怖くて、電話一本かけられないし」
それ分かる。面接の電話ってめっちゃ勇気いるよね。もうそれだけで気力使い果たすから本番の面接なんていけない。
「暴力事件は起こしたけど軽症の人ばっかりだし、留年は一年したけどちゃんとこの三月に卒業したし」
「……はい?」
えっと、どっちから突っ込めばいいだろう。
「あの、冗談ですよね? 突っ込み待ちなんですよね?」
「所属研究室で椅子を振り回しての大立ち回りよ。今考えても、一見の価値ありだと思う」
事件の詳細まで噂と一緒だった。
「あと、大学卒業したって」
「うん、かなーり苦労したけどなんとかね」
それはおめでとうございます。
「今、お仕事の方は」
「もちろん無職道中まっしぐらだよ。学業だけで精いっぱいで、就職活動までやる余力なんてないからね。とりあえず修士課程に進もうと教授に相談に行ったら、『ウチで君を受け入れることは出来ない』ってお断りされて」
研究室でそんな大ごと起こせば、そうなるでしょうよ。
なんと大学内で噂の可愛いお姉さんは、ニートだった。
「別に遊びまくってるわけじゃないよ? ちゃんと今は就活してる。いくつかの企業は選考が進んでて、この間も市役所の筆記試験パスしたし」
私、勉強はできる子なのよ、とアピールしてくる。
「でもね、月路君」
飯島先輩は「はあー」とため息をついて、この世の深淵を覗いたような顔で言う。
「いつか、ばれるんだよ」
「ばれるんですか」
「うん、相手もその道のプロだからね。会社に役に立ちそうな人材を嗅ぎ分ける嗅覚っていうの? 会社のために奉仕する精神とか、生活のために是が非でもお金が欲しいとか。オーラが出てるのかね」
私にはそういうの、ないから。
先輩の声のトーンが一段落ちる。
「中学生。中学生でもう自分が会社で毎日、同じ時間に同じスーツで出勤してお金を稼ぐイメージが想像できなかった。想像しただけで怖気がした。高校は私立の進学校でバイトするより勉強しろで、カモフラージュになって助かった」
私、高校生まではそこそこ優等生だったんだよ。
「大学に入ってモラトリアムもわずかとなって、元々普通とはお世辞にもいえなかった精神はいよいよ不安定になっていった。その後はすごーく
社会の枠組みに入りたくても入れない、そもそも入りたくない人間。
別にそんな人は世間に山ほどいると思うけどね。
ただ、
「そんなルートしか選べないなら、進むための力もつけておいてほしかったよね」
残されたわずかな進べき道。
進まなければ、存在さえ認められない社会。
進む
それなのに留まっていることさえ、周囲は怠けていると非難する。
彼女は嘆息し、現代っ子らしい一言で身の上話を締めくくる。
「ほんっと、現実ってどうしようない糞ゲー」
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