Date-2
「で、彼氏クン」
「彼氏じゃないです、人質です」
生まれて初めての呼称に照れくささを隠しつつ、少々抵抗を試みる。
「そうだった、人質クン。今日の予定はプランニングしてくれたのかな?」
「特には」
とにかく急に組まれた用事だ。そんな時間はない。それとめんどくさい。
「おいおい、そーゆーのは彼氏の役割なんだぜい?」
「だから彼氏じゃないですし、そもそも僕は生涯初のデートなんですから、年上の先輩がエスコートしてくれてもいいんじゃないですかね」
それ以前に生涯初のデートが脅迫されてという動機で、セッティングされたことに抗議したいのだが。
「ところがどっこい、お姉さんも生涯初めてのデートなのですよ」
おっと、予想外の切り返し。この
「ついでに言うと、私は人混みとかうるさいところとか大嫌いだから、今この瞬間もモールに来たことを後悔して、早くも帰りたい気分なんだぜ……」
「ならなんでここを選択したんですか……」
ただでさえ白い肌が青ざめて見えたのは、目の錯覚ではなかったらしい。
「だって『普通』のデートがしてみたかったんだもん……」
そう健気に上目遣いでやんわりと文句を言う、飯島先輩にときめきを感じない男はそうそういないはずだ。忘れるな、僕。この人は僕を脅迫して、人質にしてるんだ。
「と、とりあえず、来てすぐですけど休憩しましょうか。そこのソファーに座っててください。なにか飲み物買ってきますから」
「うん…… ありがと…… 私、紅茶がいい。甘くないやつ」
喉を潤したことで先輩は「よし! 私はまだまだ頑張れる!」とのたまえるくらいに回復した。(頑張らないとこの場にいられないことには突っ込まない)
そしてお互いがデート初心者であることを
「月路クンはゲーセンってよく来るの?」
「いえ、全然。小学生の頃に家族で行ったきりです」
「うん、私も。小学生の時に家族で遊んだきり」
だって、
「「騒々しいし、目がちかちかするし、人多いし」」
…………
「じゃあなんで来たがったんですか?」
「だからあ、普通の学生デートがしたかったんだよ」
……まあ、いいけど。
二人横並びで店内を歩く。スロットマシン、格闘ゲーム、コイン落としと順番に見回って、ゲーセンで一番メジャーな筐体が集まる一画にやってくる。
「UFOキャッチャーって好き……じゃない、知ってる?」
「そこは言い直さなくていいです。僕だってそのくらいは知ってます」
「あ、そう。じゃ、好き?」
直前に主語を言ったから、別に問題はないんだが、その言葉を前置きなしで聞くのは、年頃の男子には心臓に悪い。
「……ごめん、UFOキャッチャーのことね」
訂正。女子にとってもきついらしい。顔が赤い。また一つ僕は賢くなる。
「僕はあまり好きじゃないですね。500円搾取された苦い過去がありますので」
「月路クンはそこで撤退するかあ。私は1000円が引き時かな。でも嫌いではないんだよ。アームがういーんういーん唸って、いつ方向ボタンを止めるかの緊張感は多くの人にとって、高揚感とかある種の快感なんだよ。だから人気なんだろうね」
「まあ、そうなんでしょうね。理解はできませんが納得はします」
「それに獲れなかったら、データロードすればいいだけだし」
………
「いや、ゲームの話ですか」
「正直、君が意味を読み取れたことに敬意を表したい」
なんであなたの方が引いてるんだ……
「まあ、半分冗談だけど、UFOキャッチャーは好きだよ」
ここのゲーセンは特にUFOキャッチャーの数が多いのではないだろうか。ぱっと数えただけで20個はある。
「そう? 久しぶり過ぎて覚えてないけど、今は別に普通なんじゃない?」
適当な返事を返しながら飯島先輩は景品を品定めして練り歩く。そしてナスをモチーフにしたと思われる、不格好なぬいぐるみの筐体に的を絞った。
「この子、可愛くない?」
「う、ん…… まあ」
可愛くないわけではない。
彼女は気に入ったようだ。
両替機で崩した100円硬貨を五枚投入。三回のプレイが始まる。
ういーんういーん、すかっ
ういーんういーん、かすっ
ういーんういーん、がしっ……ぽとっ……
「……」
無言で次弾を投入する先輩。
だが、クレーンは無情にも
「……」
「……」
若干の後悔と諦念の空気が流れる。
この筐体の前ではよくある一シーンだ。
「……私が読んだことのある小説にね」
先輩がぽつりと言う。
「一組の男女がUFOキャッチャーでうまく獲物を取れなくて。それで男の子のほうが店員さんに頼んで獲ってもらって、女の子にあきれられる場面があるんだけど」
「……奇遇ですね。それ僕も読んだことがありますよ」
捻くれた男子高校生が日常で起きる諸問題を、斜め上の方法で解決していく青春小説の金字塔だ。主人公は冴えない男子学生たちにとって、一種のヒーローいや、神として崇められている。
「……試してみる?」
「え」
いや、それは。
「あれはあくまで小説、フィクションですし、現実ではありえませんよ」
「現実は小説がなくても存在するけど、小説は現実がないと成立しないんだよ? つまり、あの一節が嘘でない可能性は十分ありうるの」
またこの人は。もっともらしい小難しいことを。
「そんなに言うんだったら、先輩が実践してみてくださいよ」
「え」
自信満々でふんぞり返っていた彼女は、急におろおろし出す。
「いや、そこはさあ。ほら、男の
だから彼氏じゃないってのに。
「いや甲斐性を養うにも場数がないんで。ここはぜひ人生の先輩にご教授願いたいなって」
「うっ」
「それを踏まえて、次回からの参考にさせていただきますので」
「ううっ……」
「さあ、どうしました。先輩? ちゃっちゃっとやっちゃってくださいよ。なんなら店員さんを呼ぶのまでは僕がやりますんで」
「……う……うう……ううううう~~~ 月路クンは実はいじめっ子だったんだね……」
滅相もない。この機会にこれまでの
「……(ぐすん)」
「すいません。僕が悪かったです。女性の涙とかこれはこれで参考になるけど、あんまり経験値は貯めたくないんで勘弁してもらえますか」
「……厚かましくも、店員さんに『これ取れないんで取ってください』とか」
お鼻をグズグズさせてぼしょぼしょ言い訳をする先輩。
「お金は落としたとはいえ、意地汚いと思われる…… 恥ずかしくて死ぬし……」
自分が死にたくなるような行為を僕にさせようとしたんですか、と喉まで出かかった言葉は、飯島先輩の赤い目とぱんぱんに膨らました両頬を見て、おとなしく呑み込んだ。
まったく小説の彼も、店員さんに話しかけられる度胸とコミュ力があれば、まっとうに社会で順応できるのに。
現実のコミュ障とはこんなもんだ。
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