第二章

Date-1

 都合が悪い日はある?と聞かれたので「先輩と顔を合わせる日はいつも忙しいです」と返したかったが急に寒気がしてきたので、素直に「学校の授業がない時は全部暇です」と答えた。

 飯島先輩もこの週末の予定は入っていなかったようだった。厄介ごとはすぐにでも終わらせたい僕は、「今からお昼でもどうです?」と迂闊うかつなことを口走って、

「がっついてるね、少年。嫌いじゃないけど、さっさと済ませようとするのは感心しないなあ」

とからかわれて、見透かされていた。

 結局、「デート」は翌日にということになり、その日は解散となった。もちろん連絡先の交換は忘れずに行われた。どんどん逃げ道は失わていく。

 「デート」の場所はというと、大学にほど近い大型ショッピングモールに決まった。僕たちの通う大学は一応国立でそれなりの規模で、ならば周囲もそれなりに栄えてると思える。しかし実際は見渡す限りの田んぼに囲まれ、近所には外食チェーン店も片手で数えられるほどしかない。

 そんな田園地帯の一角を開発し、僕の入学と同じ時期に開店したモールはこのド田舎にはどう考えても似つかわしくない代物だった。

 僕も一回見物しに行ったがひどい目に遭った。パン屋のパンが異様に高い。(200円で1個買えない…)都心の一等地に並んでるような服飾店がずらりと店を構えていて気後れするわ、お洒落なパリピが徒党を組んで騒いでいるわで、日陰者には息苦しくてすごすごと退散した。以来、一部の五月蠅うるさくしていないと死ぬと思っている特殊な人間にしか楽しめない場所だとスルーしてきた。

 そこを「デート」の場所に指定するとは、飯島先輩もそういう人種なのだろうか。ますますお近づきになりたくない。

 彼女の自宅は大学のすぐ近くで、病院にはわざわざ通院のためだけに通っているそうだ。交通手段は車。免許を取って四年目だから、ペーパードライバーの僕に比べたら十分熟練者だ。

「君は大学の傍に下宿してるんだね。もしよかったら送ってくけど?」

とお誘いがあったが丁重にお断りした。

 とてもじゃないが、これ以上彼女と一緒にいたら心臓が持たない。家族と会食の予定があると断れたのは僥倖ぎょうこうだった。「ご家族と食事の予定があったのに、お昼を誘ったの?」と含み笑いされたのは冷や汗ものだった。




 古来よりデートの待ち合わせでは、男は時間に遅れてはならない。もしその過ちを犯した場合、その日女性が払う経費はすべて男が支払わなければならないという不文律があるらしい。

 いや嘘だとは絶対思うのだが、僕が読む恋愛小説ではやはり男は女を待たせないし、遅刻したら怒られている。怒られると人は嫌な気分になり、僕はそんな気分でいる時間は、できるだけ少ない方がいいと思う普通の人間だ。

 というわけで、僕は待ち合わせの30分前にはちゃんとモールの入口の目立つ場所に立っていた。方角も気を付けている。メールには「南西の」入口で待ち合わせ、と書かれている。

 さっきからスマホを何度も開いては文面を確認する。よし、確かに南西だ。間違いはない。神経質すぎるとは思うが、入口間違いという凡ミスで叱責されるのは避けたい。

 30分前というのもさすがに早すぎたかも、とは思う。しかし、あの人が相手では用心するに越したことはない。なぜなら、

「あら。早いね。まだ20分前だよ? 先に来て『おっそい~ 男の子のくせに女を待たせるなんて、どういう了見?』って困らせるのを楽しみにしていたのに」

 こういう企みを平然と企てて、あまつさえ口に出す女性だからである。

 見てくれだけは完璧なのになあ、と心の中で嘆息する。

 服装は昨日と色違いの水色のワンピース。カーディガンは同じものに見える。帽子、鞄に加え左手首に腕時計、首元に銀色のうさぎのブレスレットとアクセサリーが多めなのは、明らかに「デート」を意識してだろう。

「で、どーよ?」

 自分からどう、と胸を張って聞く女性もどうかと思うが、

「可愛いですよ」

 ここで「まあ、」とか直前に挿入してはいけないのは、さすがの僕でも分かる。

「さすが素材がいいから、ちょっと本気でお洒落しただけで別格ですね」

「お、おう……」

 意外に誉められ慣れていないのか、頭をかきかき照れる先輩の図。

 一方の僕の方は、昨晩一夜漬けで考え抜いた無地の白Tシャツの上から薄手の黒ジャケットを羽織り、下はカーキ色のチノパン。

 名付けて「僕の考えた最強のケチのつけられない服装」である。

 先輩はそんな男を上から下まで無遠慮に眺めると、ポツリと言う。

「……つまんないなあ」

 ありがとう。最高の誉め言葉です。


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