Date-4

 もちろん、現実はゲームとは違う。

 現実はゲームよりもっと複雑怪奇で、暗黙のルールだらけの無法地帯だ。事象をパターン化できなくて攻略wikiが存在しない、魑魅魍魎ちみもうりょううごめく魔界だ。

 試験の点数で順位が決まる学校生活。容姿の優劣で生まれる教室内の階級制度。

 社会に出てからも常に人間は序列をつけられ、必死の労働の対価に増えていく通帳の預金残高が自分の存在証明の証になる。

 そういう意味では人生は、究極のゲームと言えるだろう。

 RPGでは必ず訪れる、幸福なエンディングが約束されている。だから多少の時間を経験値集めという、単純作業につぎ込んでもユーザーから不満は出ない。

 しかし、人生には終わりはあれど、幸福な終わり方があるとは限らない。

 ましてや僕らは若い。

 急な大病に見舞われなければ、唸るほどの寿命が残されている。このゲームには終わりがないんじゃないかと、錯覚してしまうくらいには。

 だからといって、素直に喜べるほど僕らはもう子供ではない。

 僕たちはまだ人生の半分も知らない。平均寿命の4分の1をやっと歩いた程度。

 しかし、4分の1を知っていれば、そろそろ残りの人生もおぼろげに想像できる。

 ああ、どうやら人生なんて、ろくなもんじゃなさそうだぞ、と。




「ごめんね。重たい話になっちゃったね」

「いえ、そんな」

「映画でも見ようかと思ってたけど、そんな気分じゃないよね。早いけど、帰ろうか」

「え? 別に大丈夫ですよ。まだ昼過ぎたばかりじゃないですか」

「ごめん。私がそんな気分じゃないんだ。……ごめん」

 それは彼女と出会ってから、初めて見る表情だった。緊張で張り詰めたこれ以上何かの言葉で押せば、弾けてしまいそうな繊細さ。

 普段のフランクな態度で忘れていたが、この儚さの方が彼女の外見相応のはずだ。それなのに今までとのギャップで異様さが浮き彫りになる。

 二重人格かと思うような変わり様に僕は狼狽うろたえて、すぐに言葉を出せない。

我儘わがまま言ってごめんね。でも今日はこれで勘弁して」

 ごめん、ごめんと繰り返し謝罪する彼女の表情は、申し訳ないというより悔しそうだった。




「私から帰ろうと言っておいてなんだけど、最後にちょっとだけいいかな」

 店を出て先輩にお願いされ、僕たちはゲームセンターに戻ってきた。

「うわあ! やっぱり! うそ、まだあったんだコレ」

 色が剥げ落ちた筐体が目立たない位置に置いてある。子供や女性の手が届く高さに、拳大の十枚のパネルが埋め込まれていた。

「今時こんなアナログなゲーム置いてないよ。絶滅危惧種だよ。私が小さい頃、置いてあったもん」

 それが本当なら、撤去されずに生きながらえていたのは奇跡に近い。

「ちらっと見かけて、もしかしたらって。昔見たやつと同じだなあ、って気になってたんだ」

 ふんすふんす鼻息荒く意気込んでいるその姿に、先ほど感じた儚さはみじんも感じられない。だからこそ、そのはしゃぎようが嘘くさく感じるのは僕が穿うがち過ぎなのか。

 迷いなく彼女は、100円硬貨を投入する。

 一枚のパネルに光が点灯したと思ったら、十枚のパネルの中を左回りで光が移動し始める。どうやら光っているパネルを押すことができれば景品が手に入るらしい。

「動体視力には自信があるんだ」

 けっこうな速さだが、

「見ててよ~ ……とうっ」

 気合を込めて突き出した先輩の手のひらは、見事に光を射抜く。

 パンパカパーン。鳴り響く勝利のファンファーレ。

「ちょっと持っててっ 君の分もぶん捕ってくるから」

 渡されたのはぺらぺらのノートブック。僕でも知っている国民的人気アニメのモンスターがカラープリントしてある。

 その炎トカゲモンスターは気位が高く、初めは主人公とそりが合わず言うことを聞かない。しかしピンチに陥った主人公の決意に胸をうたれ、彼をマスターとして認める。やがてトカゲは立派な炎龍となり、主人公の元を去っていく。しかし、主人公が助けを求める時(具体的には劇場版第一作)には、遠くから駆け付ける義理堅いヤツだ。

 ……深読みはよそう。

 たまたま獲得した景品がコイツだっただけで、彼女が渡してきたことに意味はないはずだ。そんな邪推を頭の片隅に追いやっていると、

 パンパカパーン。

 宣言通り、もう一冊手に入れたようだ。

「こっち、あげるね。私、トカゲ君の方が好きなんだ」

 交換して渡されたのは、世界一有名な黄色い電気ネズミ。気難しい性格だが、自分が認めた相手には献身的に尽くす、いかした相棒だ。

「いい記念の品になったね」

「ええ。ペアルックみたいでデートっぽいですね」

「こっ恥ずかしいこと平然と言うね……」

 そう思ったんだから、仕方ない。

「じゃあノート開いて~」

 ノートを開く。

「ペン持って~」

 ボールペンを渡される。

「はい! 次のデートの日にちを書き込んでね!」

 ぶっ!

「ちょ、ちょっと何を言い出すんですか。デートはもう終わりでしょう。先輩が切り上げようって言ったんじゃないですか」

「え~、今日は消化不良だったじゃん。続きをまた日を改めてやろうよ~」

「僕はお腹いっぱいです。続きなんてものはいりません。約束通りデートしてあげたんですから、先輩もちゃんと約束守ってくださいよ?」

「え~? まだ全然約束なんて果たしてくれてないよ?」

 はい?

「だからこうしてデートに付き合って……」



「私、デートは一回だけなんて一言も言ってないよ?」



……………

「さ、詐欺じゃないですか、そんなの!」

 僕は怒りに震えて、声を荒げる。

 彼女はまったく動じてないけど。

「あはは。きちんと約束しない方が悪いんだあ」

 悪魔悪魔悪魔あくまあくまあくまくまくまくま!!!



「人質は続行だからね!」

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