Lost Memory.2.0
農学部の敷地に素敵なお庭ができた時、私の卒業はほぼ確定していたのであった。
悔しい。悔しかったよ。
なんでもっと早くできなかったの。
なんで私がいなくなる直前にできるの。
卒業論文発表会をすっぽかして、また留年しようかと考えた。でも親には既に一年余分に学費を払ってもらってるし、またあの地獄の卒論作成ロードを繰り返したくない。
だから、教授から修士課程を門前払いされた時、ひそかに私は嬉しかったのだ。いろいろご指導を手加減してもらっても、
私は勉強はできるけど嫌いな子だ。そして例え私の方に非があっても、注意されたり怒られるのはもっと嫌いだ。もちろん自分が悪いなら叱られても仕方ないけど、嫌なものは嫌なのだ。典型的なナイーブハートの甘ちゃんである。
というわけで、これからのことは何の保障もなくなったけど、
時間だけはたっぷりある。
わあい、お庭を独り占めだあい!!!
私は時間の許す限り大学に通った。一日、庭園で過ごすこともざらだった。
当然だが、奇異の視線が刺さる。
私の容姿の良さと性格の悪さは学内で有名になっていることは承知している。そしてやっと卒業した厄介者が堂々と構内に居座っていれば、気になるのは妥当だろう。
しばらくすればみんな慣れて、構わなくなる。どんな違和感満載の出来事も、時が経てば日常の風景として認識される。
コロナウイルスのように。
ところが一向に向けられる視線の数が減らない。
どういうことだ?と数日寝たふりをして薄目でちらっと観察していると、簡単に謎が解けた。さすがに自分の容姿や服装に無頓着な私でも察してしまった。
どうやら皆さん、私のスカートの中身が気になるようだ。
別に私はお洒落じゃないから、その日の気分で今日はパンツスタイル、今日はスカートと適当に履いていたのだが、スカートの日のプレッシャーが強い。
短いスカートだと半端なかった。
もちろん男性はほぼ全員見てくるが、女性の確率も半分以上だった。
うんうん。気になっちゃうよね。みんなお年頃だもんね。
エロは強し。
人間にとってエロの違和感だけは、非日常の入口で刺激が薄れることはないなのだろう。
謎が解けたので、翌日からズボンを履いていくようになった。
見せパンを履いていたから気にしなくてもいいといえば、それまでだが私は強心臓じゃないから恥ずかしい。
私は露出狂の痴女じゃないのだ。
スカートじゃないから視線は気にならなくなった。
でもやっぱり感じる。その理由もなんとなく分かる。
私、実はズボンがあんまり好きじゃないんだよね。
……お尻が大きいのよ。
昔からコンプレックスだったんだ。
桃尻、桃尻言われて。(傷つくんだよ、男子諸君)
そんなに大きいかなあ、変かなあって。
スカートならお尻は見えないからね。
その日もぽかぽか陽気で、我ながらだらしなく寝ていた。
ひときわ強い視線を感じた。慣れっこになっていた私は、堂々と寝転がる。
パンツじゃないから、恥ずかしくないもん!
目を開ける。
そこにいたのは食堂でよく会う地味目の男の子だった。
彼はこちらが見ていることに気づかずに、無垢な少女のように顔を赤らめて、慌てて小走りで去ってゆく。
そして私は新たな真理を理解したんだ。
価値観のおかしな彼でも、女の子には興味津々なんだって。
世界からズレた彼にも、私のお尻は魅力的なんだって。
ドキドキした。嬉しかった。
その時、思ったんだ。
あの子みたいな可愛い子を
何か弱みでも握って、人質に出来たらなあって。
でも、人質ごっこはもうお終いの時間。
私は他人に触れられない。
君とならもしかしたら、いけるかもと思った。
君と一緒に過ごしてとても楽しかった。
意固地でクールぶってて、子供っぽくて理屈屋な君に惹かれていった。
君とセックスしたいと本気で思った。
でも最後には君へのときめきや性的欲求より、結局、君に触れる恐怖が勝った。
結論。
私には、恋愛ができない。
私は、不能。
私は、人間のできそこない。
人質はいなくなってしまった。
さあ、新しい言い訳を考えなくてはならない。
君には何になってもらおう?
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