Date(Re)-3

 ミーティングという名の雑談を途中で辞退して、僕らは更衣室で着替えて、体育館の入口で集合した。

 飯島先輩の服装は入院前のデートとは違い、肌をできるだけおおったダボっとしたもの。そういえば、ジャージもけっこうぶかぶかだった。標準体型近くまで体重は戻ったとはいえ、せた体の線が出ないように気にしているのだろう。

「似合ってますよ」

 一応、言っておく。

「ん、ありがと」

 一応、返ってくる言葉。

 これが今の、僕たちの距離感。

 ふわっとしてそれなりに、心地がよい。

 徒歩で十分くらいの、ショッピングモールに向かう。

 ここからが、本当の本番。

 ここまでは少々、イレギュラー。

 運命の再戦。

 モールの入口をくぐる時、頭の中で例のファンファーレが高鳴る。


 負けられない戦いがそこにはある……!




 まずは昼食、マグネロンドに再訪である。

 平日なので、今日はお得なセットが注文できる。それでも先輩にしては奮発なので、悩んでいる。

「ビッグバーガーセット、600円。かなりお得。でもどうしても、割高わりだかな気がする……う~……」

 しばし財布と相談中。

「いらっしゃいませ~」

「ひうっ!?」

 心の準備が出来ていないのに、声をかけられたので、跳ねた。

 とびっきりのスマイルを浮かべる、溌溂はつらつとした店員さんが、店内カウンターで待ち受けていた。

 以前訪れた時は見なかった。新しく入った人だろうか。

「ご注文はお決まりですか~」

「え、いや、あの、まだ」

「店内でお召し上がりですか~」

「あ、はい……」

「サイドメニューは何になさいますか~」

「いや、まだメインも頼んでない……ま、いっか。ビッグバーガーセット、ポテトとオレンジジュースでお願いします」

「僕も同じもので、ドリンクはコーラ」

「かしこまりました~、お席までお持ちいたしますね~」

「あ、はい、どうも……」

 こうして、なし崩し的に、晴れてセットを頼むことができた。


 

「うまし」


 いや、うましって……

「このジャンキーな『肉』って感じ! チープさが病みつきだね! 病院のご飯も美味おいしかったけど、やっぱりこれはやめられない、とまらない。娑婆しゃばに帰ってきたって、気がするよ」

「ははは……、よかったですね」

 言い方が独特だが、なまじ間違っていないからな……



 二人してもぐもぐ、よろしくやっていると、やたらさっき応対してくれた店員さんの動きが目立つ。彼女はきょろきょろ店内をつぶさに観察し、過剰なまでの接客している。

 今も入り口横の遠くでゴミ箱の中身を取り出しているのに、カウンターにお客が来ると、

「今、伺います! 少々お待ちください!」

 いちいち反応している。


「もぐもぐ…… ケチャップもいいけど、ドレッシングソースも美味しいよね」

「ええ、子供の頃はピクルス嫌いでしたけど、今はいいアクセントです……もぐもぐ」


 あ、まただ。

「伺います! お待ちくだ……」

「あなたはそっちの仕事をやって! こっちはいいから! すみません~、お待たせしました。ご注文をどうぞ~」

 年上の同僚から、叱責しっせきに近い言葉を浴びていた。


 なんか、変だな……


「ん~、軽はずみに判断はできないけど……」

 たぶん障害者枠の人だろうね、と先輩は言う。

 企業の障害者雇用率というものがある。

 障害者を雇う「努力」目標ではない、義務だ。その数値は年々、どんどん引き上げられている。(現在の民間企業の法定雇用率は、2.2%)

 一方で、企業側が雇いやすいように、雇用条件は緩くなっている。特に精神の障害者は、数年前にやっと雇用義務化されて日が浅い。その時限的な特例措置として企業が精神疾患の人を一人雇えば、二人分の雇用としてカウントされる。(ただし週20時間以上の勤務という条件付き)

 まあ、精神障害の人の真の困難は雇われる前より、雇われた後なのだが。国の公式調査でも精神障害者の勤続年数は身体、知的の障害を持つ人より大幅に短く、理由としては、


「人間関係が辛い」

「疲れてしまう」

「どうしても意欲が続かない」


等が挙げられている。



「私も何かパートやってみようかなあ」

 飯島先輩の就労移行支援事業所「だいじょぶ」への通所は、現在休養中である。移行支援は原則二年しか利用できないので、一時的にサービスを停止している。今はコロナの非常時なので、一年分の利用可能期間が加算されているらしい。

「先輩ならできますよ」

「集中力が続かないんだよね~」

 これまでの付き合いで、彼女は集中力というより、持続力がないと分かった。

 彼女は一度興味を持てば、大抵のことがありあまる熱意で上達する。すぐに常人よりできるようになる。最初の自己紹介で語った通り、運動、特に球技は得意だったらしい。

 部活のソフトボール、サッカー(同系列でフットサル)、卓球などは個人スキルは卓越していた。チームプレイが壊滅的にできなくて、試合に出してもらえなかったらしいが。

 将棋、料理、TVゲームの腕、PCスキル(ブラインドタッチは神)、自作の小説もネットに上げて、本人いわく「けっこういい線」いってるそうだ。

 分野を問わず、非凡な才能を見せる。逆に趣味が多岐に渡るということは、一つのことにすぐ飽きてしまい、次の「遊び」に走るということだ。

 当てはまる言葉を探すなら、器用貧乏だろうか。

 少し違うか。

「月路クンはどうするの? フルタイム?」

「ええ、金銭的に親から自立したいので」

「偉いねえ。養ってくれる気、満々なのねえ。お姉さん、感激だよ」

「な、なにいってんですかっ」

 不覚にも声が裏返ってしまった。

 フェイントの一撃がクリティカルヒットして、早口、赤面、発音不明瞭の状態異常を食らってしまった。



 帰り際、例の店員さんは、相変わらず店内を頻繁ひんぱんに動き回り、せかせか仕事をしていた。

 空回りしている感じもあったが、とにかく一生懸命だった。

 だから店を出る時、飯島先輩はつい呟いた。

「(頑張って)」

 頑張ってる人には絶対言わない方がいい、魔法の言葉。

 なので小声で。

 思わず激励したくなる、でも恥ずかしいからこの場を去る場面で、こそっと本人は聞こえないように。


「ご来店、ありがとうございました!!!」


「ありゃりゃ?」

 二人して顔を見合わせる。


 聞こえちゃったね。


 口パクで、まあそれはそれは、ばつの悪いお顔で。





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