Date(Re)-2

「いやあ、私、過去三回も入院してるでしょう?」

 荷物を置きながら、事情を教えてくれる。

「回数を重ねるごとに、病棟の平均年齢が上がってたんだよね……。今回、三回目は半数がお爺ちゃん、お婆ちゃんだったよ。『あれ? ここ、精神科病棟だよね? 老人ホームじゃないよね?』って少し焦った」

 僕もお見舞いに行った時、気にはなっていた。もう世間では、お年寄りから若い人までお馴染なじみの「認知症」という病気は、昔から精神科が診察の担当だったらしい。

 知らなかった。

 どうやらベッド数が足りていないのか、単純に患者の数が増加しているのか、僕たちのお世話になっている病院の入院病棟では、どんどん高齢の方の姿が増えていた。

「うちの病院だけなのかなあ…… で、今日来てる三、四人の軽い認知症のお爺さん、お婆さんたちも入院を繰り返して、お互いに顔も覚えて、仲良くなって、いろいろ付き合いができて、今に至る」

 終わり。

 ちなみに先輩は病棟では、「個室の令嬢れいじょう」と呼ばれていた。飯島先輩は、障害者手帳の等級が2級だ。(僕はまだ、手帳を取得するか迷っている)2級以上だと、原則食費以外の入院費は無料になるのだが、個室代金は別だ。一日、数千円を請求される。もっとも部屋に空きがなく、自分から望んで割り当てられたのではない場合は、その限りではない。彼女は運よく(?)個室に入れた。そのまま退院までずるずる居座っていたので、その通り名が付いたらしい。

 令嬢はともかく、「個室」……トイレを連想して、なんかかっこ悪い。

「む。今、失礼なこと考えたでしょ」

「考えてないです」

「そう……?」

 納得がいってないご様子だ。怖い怖い。

「というか、お年寄りとの会話は平気なんですか?」

「比較的楽だよ。目上の人への敬意はテンプレートが多いし」

 敬意、あったかなあ……

「ピチピチの若い子が顔を出すと、ちやほやしてくれるし」

 その発想がいただけない……、あとピチピチって……ふる

「ああん?」

「何でもないです」

 何で今日は僕の考えてることが分かるんだろう。



 サウンドテーブルテニスのルールは一応、公共放送の公式HPで調べた。

 と言っても、今日やるのはかなり大雑把おおざっぱなバージョンだ。まず視覚障害の人と条件を同じくするための、視覚をさえぎるアイマスクはしない。プレーが阻害される雑音、主に足音は、皆さんまったく気にしていない。

 障害者スポーツクラブというよりは、高齢者クラブである。そもそもクラブで視覚が不自由な人は、二人だけしかいない。一人はお休みで合計三人。あとは(老い以外は)健常なお年寄り約20人。

 プレーも視覚障害の人には別枠で時間を設けて、取りまとめ役の人(遠藤さんという)が一対一で相手をした。僕たちは周りでそれを見ていた。彼らと一緒にプレーする機会はなかった。

「残念だねえ。ちょっと期待が外れたよ。健常者と障害者が入り乱れて、交流する本格的なものを期待していたんだけど」

 そういう割に先輩は、十分楽そうである。


「いきます!(サーブする人)」

「はい!(受ける人)」


 ボールを打つ前に決められた掛け声。ボールは音がカラカラ鳴る。(お高い。一個300円くらい)両方とも目の見えない相手に、認知させる意図がある。厳密には掛け声には時間制限があるのだが、そこら辺も緩い。

 特注の卓球台が数に限りがあるので、ダブルスで試合を行う。

 僕のペアは飯島先輩。

 若い者はじっくり二人で……みたいな流れでそうなった。ジジババさんたちの視線が生温なまぬるくて、少々気持ち悪い。

 体力差でハンデにならないか、と最初は思ったが、見事に杞憂きゆうだった。

 試合になると、それまでのひょこひょこした動きが豹変ひょうへんして、俊敏しゅんびんに動き回るお年寄りたち!!!

 コート上を枯れた老体が乱舞らんぶする。

「うおおおお!!??」

 圧がすごい。

 棺桶かんおけに足を突っ込んでいる年齢とは、とても思えない生命力あふれるプレーの数々を見せ付けられる。

 かたや日頃の運動不足がたたって、ろくな動きができない若者一名。

 完全に先輩の足を引っ張っている。

 それでも経験を若さでおぎなう。

 徐々にコツをつかみ、慣れてくると凡ミスが減ってゆく。要はショットはりきまず、向かってくるボールの進行を変える程度の力加減で、無暗むやみに流れに逆らわなければいいのだ。

 得点が失点を上回り始める。

 そしてやっと三試合目で、マッチポイントを迎えた。


 10-8(11点先取制)


 飯島先輩はぼそっと、

「左手は添えるだけ……」

 それは別のスポーツだ。

「とうっ」

 ちなみにサウンドテーブルテニス(ここまで突っ込まなかったが……名称が長い)はボールを浮かさない。

 転がす。

 ネットの下をくぐらせる。

 最初のサーブだけはネットに引っかかると駄目で、確かに繊細な動作が必要ではある。

 力を入れずただボールに、ちょん、と当てるぐらいで、ちょうどいい。

「よおし!」

 うまくネットをくぐり抜けた。

 その後は長いラリーが続く。

 競技者の近くに仕切りがあるのが、普通の卓球台と違う。ラケットをすり抜けて(ちなみにこの競技のラケットは、ラバーなしのはだか仕様)、そこに当てれば得点になるが、強すぎて外にはじけ飛んでもNG。

 弱すぎず強すぎない、力加減が求められる。

 まさに先輩は、そういうさじ加減がお手の物だ。

 順応性抜群。

 協調性は、偽造すればほどほどに……


「たあっ!」


 その日、最後の試合で、僕らは初勝利を挙げたのだった。



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