第九章

Date(Re)

 なぜ僕はこんな所にいるのだろう……

 切実に、思った。

 僕は動きやすい運動着姿で、同じく動きやすい格好のお年寄りたちに囲まれ、途方に暮れていた。

「なぜって、それはデートだからだよ……」

「勝手に人の心を読まないでください。あと、こんなデートがありますかね、普通」




 平日の十時過ぎ。

 つまり初めての平日デート。

 飯島先輩は当初の予定通り退院して、しばらく自宅で療養していた。

 連絡が来たのが昨日。

 いつもいつも急である。

 夏季休暇で、彼女の頼みとあらば、どこへでも駆け付ける所存しょぞんの僕だったが、スマホのメッセージを眺めて、頭をひねった。


『運動できる着替えと、上履うわばきを持ってきてね。上履きがなければ、靴の裏面を綺麗にいてきて。場所は、』


 待ち合わせに指定されたのは、最近改装されたばかりの市営体育館だった。




「今日は、サウンドテーブルテニス、をするよっ」



 体育館の入口で出会った先輩は、開口一番、元気満々言い放った。

「はあ……」

 今日のデートは以前のコースをなぞる、という趣旨しゅしだったはずだが、初っぱなから脱線している。

 電車が駅を出たら、自動車道を走り始めました。

「過去は過去。栄光にとらわれていては、輝かしい未来に辿たどり着けないんだよ……」

「はあ……」

 過去の栄光って、なんだろう。




 サウンドテーブルテニスという競技は、視覚障害を持つ人がおこなうスポーツらしい。

「入院してた時、サウンドテーブルテニスのクラブに入ってるお爺さん、お婆さんと仲良くなって、退院したらぜひ参加したいなって。今日は参加、三回目だね」

 障害者スポーツに、前々から興味があったんだよ。

「でも、そういうのって体験できる場が少なくて。たいてい大都市しかないんだよね。家から車で一時間くらいの所に、『障害者スポーツセンター』があるらしいけど、もよおし物の告知は見ないし。現状ではさ、一般の人だけじゃなく、社会で何とか生きていけてる精神障害者にも、障害者スポーツの門戸もんこが開かれてないと感じちゃうね。今回はイベントを知ることができて、本当にラッキーだったよ」

 もちろん入院自体は、全然ラッキーじゃないけどね。

「まあ、確かにそれは幸運でしたね。僕も別に運動すること自体は、嫌いじゃないですし。ただ予定と違ってびっくりしただけです。ただ、」

 一つ、いいですか。

「ん、なんだい?」

「……その恰好かっこうはなんです?」

「ん? 高校のジャージだけど?」

 身長も学生時代から伸びてないし、全然着られるからさ。

「………」

 年頃の(先月めでたく)25の乙女がそれでいいのか……?

 いや、意外に女性自身は気にしないものなのだろうか。

 ここら辺ではお洒落しゃれな制服と有名な、私立高校の体操着で、別にダサいことはないが。

「そういう月路クンはどうなのさ」

「え、高校のジャージですけど?」

「……。いや、君さ、人のこと言う権利ないじゃん……」

 男女の意識、美的感覚は違うと思ったんですよ……。




「おはようございまーす!」

「お、おはようございます……」

 挨拶の元気度合いに、かなり温度差がある。

 踏み入れたのは市営体育館の中でも、比較的広めの板張りの屋内運動場。半分と四分の一の三面に仕切られて、その四分の一の一画いっかくに、通常のものとちょっとだけ形が違う、卓球台が三つある。

 挨拶に気づいた初老の男性、おそらくこのクラブの取りまとめ役の人が、手を挙げて寄ってくる。

「おー、おはよう、加奈ちゃん。少しまた肉が付いたんじゃないか? 今日はよろしくね」

「今日はよろしくです。確かにまた、体重は戻りましたね。でもその言い方は、女の子としては、ちょっと傷つきますよ」

「ははは。ごめんごめん」

「もう…… それでこっちの子が、先日電話した飛び入りの子です」

「ああ、了解しているよ」

 じっと見つめてくる。

「女の子と勝手に思っていたが……。 おやおや? ……加奈ちゃん、そっちの子はもしかしてボーイフレンドかい?」

「え!? いや、あの……」

 狼狽うろたえる僕。


『ボーイフレンド!?』

『加奈ちゃんに!?』

『わしらの女神が!!!』


 わらわら寄ってくる、ジジババ集団。


「いえいえ~、『まだ』、ただのと・も・だ・ちですよ~」


 きゃ~、とお婆さんたちの、しゃがれた黄色い声が上がる。少しお爺さんたちの野太いぐぬぬ、が混ざる。

「君は名前なんていうんだい?」

 お喋りが好きそうなお婆さんが、間髪入れず聞いてくる。

「高橋です……」

「高橋くん、今日はよろしくね~」

「いえ、こちらこそよろしくお願いします」

「高橋くん、もてるでしょう? ハンサムだからね~」

 ハン、サム? 何語? え、どういう意味?

「終わったら、お婆ちゃんと喫茶店でお茶でもしないかい?」

「ボウリングは好きかい? 私はそっちのクラブも入ってるんだけど」

「わしと今度少し、男同士の会話をしよう……」

 次々とアピールしてくる、元気な老人たち。

「あー!! 涌井わくいさん!清水さん! 私の月路クン、取っちゃ駄目だからね! 古田のおっちゃんも月路クンを、変な道に引きずり込まないで」

「変な道って……」

「おお、怖い怖い……、心配しなくても、加奈ちゃんが相手なら、勝てる女の子なんて、なかなかいないよ」

「へへんっ、それほどでも! と、言っておくよ」


 飯島先輩は既に仲が良いご様子。

 たった数回の参加で、十分、場に馴染なじんでいた。




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