Lost Memory.1.0

 入学前だから君はたぶん知らないだろうけど、二年くらい前までうちの大学の食堂は三つだったの。大きくて集客力のある第1食堂。それより規模は劣るけど、メニューが多い第2食堂。そしてこじんまりとしててお洒落で、お値段もちょっとだけお高めの第3食堂。

 それで最後の食堂は教授たちや、たまにはちょっと背伸びしてみようという学生たちのニーズで、経営はなんとか成り立ってた。私も時々通ってたよ。月に1、2回だけど。やっぱり一食600円を超えるのは財布に堪えるよね。

 でも細々とやってた三つ目は……夏だったかなぁ。夏季休暇が明けて訪れたら、閉店してた。たぶん事前に告知はしてたんだろうけど、私その頃……三年生の真ん中くらい。前期の期末、座学の勉強と、実験授業の対人ストレスでだいぶおかしくなってて、周りのことが全然見えなくなってた。で、その後完全に壊れちゃって、卒業に余分に一年かかったのは前に話した通り。お恥ずかしい。


 閑話休題。私の話なんか今はどうでもいいんだよ。


 で、君が入学した時には二つになってた食堂。さっき言った通り、規模とメニューで差別化を図ってたんだけど、もう一つ大きな違いがあった。

 第1食堂は二時限目が終わる直前しか開店しないから、混雑を避けるなら授業が終わった瞬間ダッシュするか、授業を早めに抜け出すしかない。でも第2食堂は11時に開く。つまり二時限目を開けていれば、ゆっくりちょっと早めのお昼ご飯を満喫できる。

 少し頭を捻れば簡単に思いつく方法だけど、意外と実践する人は少なくて。混み混みでも仲間と一緒に食べたいのか、その時間じゃあまだお腹に入らないのか。

 簡単に思いつく方法過ぎて、くだらないと一蹴してすぐに思考を放棄するのか。

 もしかしたら普通の人は、考えもしないのかもれない。

 普通の人間は人混みは嫌だけど、そこに居合わすだけで汗がだくだく出てきて、動悸が激しくなって、呼吸も困難になることはないのかもしれない。

 他人に食事をしている所を見られたくなかったり、重なり合う喋り声のかん高さに苦痛を感じることはないのかもしれない。

 だけど、それが君と私を巡り合わせたきっかけなんだよ。

 人混みがどうしようもなく嫌い。時間をずらせば、早くお昼ご飯が食べられる。

 そんな消極的理由で、私たちは出会った。

 ロマンチックのかけらもないよね。

 


 長々と何が言いたかったって言うと、私と君の出会いは徹頭徹尾てっとうてつび、しょうもないってこと。くだらない巡り合わせ。だけど私は創作みたいな特別な運命なんかいらなかった。

 適当でしょうもなくて、ぐだぐだでいい。恋愛小説みたいな陳腐で不自然に輝いてる邂逅は好きじゃない。だって私はひねくれて居るから。

 でも、しょうもなさでは君が上をいっていたけどね。さすがの私でも授業を抜け出してお昼を食べるなんて思いつかなかった。

 もちろん、これは私の推測だけど。君、食事した後に授業に戻ってたよね。あの時間はうちの学部の一年生の必修科目だったはずだから。君は何食わぬ顔で教室の後ろから席に戻り、つまらない講義に耳を傾ける。口から肉汁やら、ソースの匂いやらを漂わせながら! そんなことを考えると、今でも笑いがこみ上げてくるよ。

 そういうわけで私たちは同じ場所で、何回もすれ違うことになった。

 まあ、この頃はまだ食堂でよく顔を見かける男の子だなあ、くらいにしか気にしてなかったけどね。

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