第七章

魔法少女ほまれとやっさん

「ほまほまをリスペクトすべきだと思うんだよ」 


 クリスマスまで一週間を切った。

 とうとう人混みに耐えられなくなった飯島先輩は、僕の家に押し掛けてきた。一応事前に許可を求めてきたが、強引なやり口だった。「家行くから」のメッセージが来て、30分もせずに家のチャイムが鳴ったのだ。たまたま暇でメッセージに返信できたが、何か他ごとをして気付かなかったら、どうすればよかったのか。


 怒ればいいのか? 

……でもなあ。逆切れされたら怖いなあ。


「というか誰ですか、その人」

 それ以前にまず人なのか?

「知らないの? アニメ『魔法少女ほまれ・マギカ』。魔法少女になった女の子、諸星ほまれが魔法少女界で成り上がるストーリーが気分を高揚させてくれるって、大ヒットして社会現象になったよ。日本に住んでて知らないなんて、おっくれてる~」

 知らんがな。僕はアニメを見ないのだ。

「しかしねえ……」

 僕は彼女を見やり、嘆息たんそくする。

「? どしたん?」 

 先輩は心底不思議そうな顔をする。

「はあ……」

 飯島先輩は「あの夜」以来の訪問なのだが、すっかり我が家でくつろいでいらっしゃる。棚から勝手に本を取り出して、縦にうず高く積んで、その中の一冊を読んでいる。

「あんなことがあって、普通、気まずくなるもんじゃないですかねえ」

 気にしている僕が馬鹿みたいだ。

「私、過去のことはさらっと水に流す女なの」

「じゃあだましたことも流してくださいよ」

「それとこれとは話は別」



 先輩が家の玄関をくぐる時に、こんな一幕があった。

 押し掛けて開口一番、詰問きつもんされた。

「てきとーな調べで騙そうとしたでしょ」

 ほわんとしてる彼女にしては、珍しくおかんむりだった。

「うっ……」

 返す言葉がないとはこのことである。



 どうやら弟の海斗にネットの中を調べてもらって、僕の不正はあっけなくバレたようだ。おのれ、自分では何もできないくせに、人を有効に使いおる。

 これが急な訪問に文句を言えなかった理由でもある。

「私が絶対に許せないことが二つある。嘘をつくことと、人を騙すことだよ」

 からかうことは別にいいんですね、とは言えない雰囲気だ。

「……すみません」

 ここは全面的に僕が悪いので、素直に謝っておく。

「まあ過ぎたことはいいよ」

 先輩のこういう清々すがすがしい所は好感が持てる。

「今やれることをやろう。襲撃には爆弾も必要だけど、やっぱり武器の入手が最優先だよ」 

 こういう野蛮な所は、本当にどうにかして欲しい。



 首相暗殺計画

 プラン3・武器の確保



 くだんのアニメの主人公ほまほま、諸星ほまれは時間を操る能力を持つ。他の魔法少女が持つような固有の強力な武器を所持していないらしい。そこでほまれは時間を停止させ、ヤクザの事務所から武器をありったけ強奪した。

 なかなかアクティブな女の子だ。

「というわけで、近所の暴力団事務所の所在地を片っ端から調べて。吟味ぎんみして武器を頂戴ちょうだいする所を決めるから。さあ! はりー・あっぷっ」

「絶対嫌ですよ!」

「わっ、びっくりした…… いきなり大声出さないでよ。指の押さえがズレるじゃん。本を汚していいの?」

 なんで僕がとがめられないといけないんだ。

 理不尽すぎる。

 余談になるが、飯島先輩の本の読み方は相当変わっている。

 まず「いらない紙ある?」と聞いてきて、雑紙ざつがみを渡すと「はさみ貸して」としおりのように縦長に切った。そしていざ本に向かうと右手は親指の爪でページを押さえ、左手は二枚重ねた紙の上に置いた。背表紙が振り子の台のようになっている。

「こうしないと手汗がついて、本が傷んじゃうからね~」

 言葉通り、彼女の手のひらには汗の粒が浮かんでいる。僕も多汗症気味だが、これほどびっしり汗をかくことはない。

 こんな体質の人にお目にかかったことがないので、ついまじまじと観察してしまう。

 先輩はあまり人に見られたくないらしく、

「ほらこっち見てないで、検索、検索」

催促さいそくしてくる。

「断固お断りします」

「え~ なんでよ」

「僕もネット怖いんです。あとヤクザも怖いです」

「男みせろ~」

「嫌です。普通に無理です」

「この玉無し」

 落ち着け僕。クールに行こう。

「……万が一、ホームページがあっても、絶対履歴が残りますって。個人特定して『冷やかしか!? ゴラァ!!!』っておどしてきますよ」

「そ、そうかな?」

 びびる飯島先輩。さすが玉がない。

「やっさん、そこまで頭回るかな?」

 やっさん…… ヤクザのことか。なんかかわいいな。

「今時のインテリやっさんをめちゃいけませんよ。そのくらいできないと情報化社会、生き残っていけません」

「よ、よおーし。分かった。一旦いったん、作戦を練り直そう」

「そして個人情報をにぎられたが最後。骨のずいまでしゃぶりつくされ、」

「つ、月路クン?」

「何の利益も落とさなくなったら、ドラム缶に詰められて、海に沈められるんですよ……」

「や~め~て~!!! 私まで怖くなるからや~め~て!!!」


 全国のやっさん。勝手な偏見でごめんなさい。





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