Fragment.3.5

ワタシ、キレイ?


 中学二年生の時、そこそこ会話する子(友人とまでは言えない)が皮膚ひふを尖った所にひっかけて出血して、どういうわけか私の手の甲に彼女の血液が一滴付着した。

 汚い。

 最初に浮かんだ感情が、申し訳ないけどそれだった。軽くパニックになった。頭の中はぐちゃぐちゃ、ぐるぐる。外面は菩薩ぼさつのように無表情、無関心を装っていたけど。

 水で洗い流した後も、なんとなくおぞましい感覚がその日一日ぬぐえなかった。もしその子がHIV(当時はエイズ、エイズって騒いでた)の保有者で、感染してしまったらどうしようって、かなり頭が悪い妄想が頭の中を駆け巡っていた。

 その頃から既に強迫観念、被害妄想、不安症は私の生活のいろんな場面で顔を出し始めていた。接触不安も血液への嫌悪感の一因だったのだろう。

 幼い、物を知らない無垢むくな私は、弱い自分を責めた。他の人を悪く思う、見下すのは悪い人間のやることだ。私はそんな人間になりたくない(この頃の純粋な私に乾杯!)。しかし、どうしても消せない嫌悪感が付きまとう。いけない考えだ。いけない考えなのに! 

 そこで私は、自分をおとしめることにしたんだ。私も汚い。みんな汚い。それが普通。それなら誰も差別してない。だから私は悪い人間じゃない。とても気分が楽になった。心の平穏は保たれた。

 我ながら狂っているよね。

 自分が綺麗じゃないなら、全部汚してしまえって、サイコパスの考えそのものだ。


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 私は一度、普通に小学校でアニメを卒業した。小四からサッカーを始めて、中学校は珍しく女子のサッカー部があったので、迷わず入部して練習に明け暮れた。でも技術は優れていたのに、不当な扱いを受けて(ああ、思い出すのも腹が立つ!)、レギュラーになれなかった。別にストライカーは点を獲ってさえいれば、チームメイトとのコミュニケーションは関係ないじゃん?

 そんな苦い思い出から、高校では運動部に入らなかった。

 入部した将棋部は週に一回しか活動日がないので、家に帰ってから暇を持て余していた。夕方たまたま暇で点けたテレビで火曜日に「T・クレイマン」、木曜日に「ゼーガバイン」を放送していた。こじゃれてれた雰囲気があり、両方とも好みに合った。特に「ゼーガ」の方はえんたぐる、とか、仮想世界と現実世界がどうたらこうたらと、やたら難しかった。

 これは子供は分かんないよと思ったら、案の定、作品の評価は高いが人気はなくて、視聴率は酷かったらしい。夕方の帰宅が間に合わない時が多々あって、ぶつ切りで見ていたので、数年後レンタルDVDを借りてしっかり視聴した。確かにあの時間帯で流す内容ではないと確信した。

 「ゼーガ」は売り出し中の新人声優が大勢出演していた。今ではみんなしっかり人気声優になっていて、一介の声優オタクとしては「この人はこの時から注目してたもんね~」と誰に自慢することもないが誇らしく思っている。。特にメインヒロインの声を演じた女性は、年も同じくらいで親近感を覚えた。

 大学一年生の時、自宅のビデオテープデッキが壊れたので、我が家も大容量ブルーレイレコーダーにデビューした。録画が簡単にできるようになり、私は深夜アニメにどっぷりかった。

 最初の感動は凄かった。色鮮やかな風景の中で、魅力的なキャラクターが動いている。喋っている。それが一作品だけじゃない。週に十本以上も放送がある。

 瞬く間にはまった。二次元に惹かれていった。こんなにも夢と希望が溢れる世界を今まで知らなかったなんて。なんてもったいないことをしてたのだろう。幸か不幸か、私が録画を始めた頃から、どんどん深夜アニメの数は右肩上がりに増えていった。

 浮かれ立つその一方で、自制心は常に持つように努めた。作り物の世界に取り付かれないように自分に言い聞かせた。二次元の人間だって裏表はある。視聴者が見てない所、腹の中では何を考えているか分からない。

 現実と同じだ。



 でもそれを私が知らないなら、ないのと一緒。

 深夜アニメを録画し始めて、約六年。

 たった六年。されど六年。

 幾度も三次元に打ちのめされた私は、二次元に救いを求めた。

 弱い私は虚構きょこうにすがる。


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 たった一つ染色体の構造が違うだけで、人生は180度変わる。

 女と男。

 うちの兄妹の外見はお兄ちゃんが大まかには父親似で、下の二人は母親に似た。お父さんはほりが深くて鼻が高い。お母さんはぺちゃんとした鼻だから、海斗は自分の顔があまりお気に召さないようだ。私といえばお母さんの可愛い顔に、お父さんの長所をもらった感じだ。本当に外見だけ一級品。外見がプラス要素が多すぎるから、内面をストップ高にしましたと言われても、まったく驚かないよ。

 彼に、「私の容姿が可愛いから時間をいて付き合ってくれるんでしょ」と言いそうになったのを何度も抑えた。決して責めたいわけじゃないんだ。

 当然だよね。人間は繁殖本能には抗えない。男は胸やお尻が大きい、腰のくびれがある女にかれる。そういう異性の方が子孫を残す確率が高いから。

 ああ、もう! 意地悪なことばかり頭に浮かんでくる。最近はずっとこんな感じ。周りのいい所は全部スルーして、悪い所ばかりあげつらってしまう。

 本当に私の心は汚い。


 私は、汚い。



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