強い者いじめ
結局、ネットでの事務所検索は、僕の必死の抵抗で断念となった。これで一件落着だったらよかったのだが、「私、やっさんの吹き
徒歩では約一時間。結構かかるが、生活
「足がつくとヤバイから車で途中まで行って、ちょっと離れた所から歩いていこ」
先輩の車に
先輩はスマホのナビを設定しながら言ってくる。
「あ、ごめん。運転中は集中したいから、話しかけないでね」
「あ、はい。分かりました」
というお願いのため、車内では終始無言だった。
おそらく運転に集中したい、というのは安全運転を心がける他に、病気も少し理由に入る。発達障害(疑いを含む)の人は一つのことへの集中力は目を見張るものがあるが、その分、
発達障害がややこしいのはこういう所で、個々の症状が全然違ってくるのだ。飯島先輩は過集中の症状、僕はといえば、むしろ集中力散漫な方だ。受験勉強も一つの教科に長い時間取り組めず、20分程度で教科を切り替えたら、効率よく学習できた。
集中し過ぎと散漫。どちらにしても、僕も春休みに自動車の免許を取得する予定があるので、気をつけないと。
先輩はすいすいと慣れた手つきで運転し、目的地最寄りのドラッグストアの駐車場に車を停める。今や世はドラッグストア戦国時代。うちの近所ではスーパーマーケットより、数が多いと思う。
犬も歩けばドラッグストアに当たる。
行き先は住宅街の中で、なだらかな坂道になっていて、僕らは横並びで連れだって歩く。今日は真冬にしては気温が上昇して、
あまりに暇なので、慣れない雑談してみる。
雑談は苦手だ。意味のないことを話しているより、本を読んだりしたい。
「私も、私も」
だが飯島先輩となら、あまり苦にならない。似た者同士だからだろうか。見事なコミュ障ぷりで、親近感を覚えるのは確かだ。
「同類
「………」
ほっこりしかけた雰囲気が台無しだ。
「ごめん、ごめん」
「女のヤクザってあんまり見ないよね」
「普通に生活してたら、ヤクザは見ないですよ」
「そりゃそうだ」
一本取られたよ、と先輩は笑う。
「創作でだよ。任侠?の昔の映画のクライマックスシーンを、映画の特集バラエティーで見て、こっわい叔母さんが
「イメージ、ですかね」
「だよねー」
彼女は
「例えば授業参観に来る親。例えば、医者の受付の人、保育士さん。ほぼ女性だよね。病気
彼女は同性が言えば、あまり
「短編漫画でボランティアがテーマの作品を最近読んだんだ。30代前後のボランティア好きの男性が主人公で、ごみ拾いとか子供たちの引率をするんだけど、子供の母親から異物扱いというか、危険人物
いい年した男は仕事してろ、女の領域には寄ってくるな。それで反対の性別の人間が近づいてきたら排除しようって」
はあ、
「心が狭いね」
僕はどう発言しても
しばらく会話が途切れる。
「女性とか子供とか、一般的に『弱い』って認識されてる人間で連想したんだけどさ」
ぽつりと彼女は言う。
「ニュースでそういう人たちが犠牲になった、無差別殺人の報道があるたび、お爺ちゃんがぼやくんだ。狙うならヤクザの事務所に突撃すればいい。弱いものを狙うなって」
あの人は孫娘に何ていうことを言い聞かせてるんだ……
「私もそう思う。女、子供、高齢者、障害者。社会的、肉体的、精神的に弱い者を標的にするのは
だから、と先輩は言葉を締めくくる。
「私もむしゃくしゃしたら、ヤクザの事務所に特攻するぜ」
「……はいはい」
「ということはさ、首相を狙う私たちは良いお手本だよねえ」
……とりあえず返事は保留させてもらった。
程なく目的地に到着した。
「お・ば・た・ぐ・み」と平仮名で看板がある、そこそこの広さの敷地。
ペンキの
これはどう見ても……
「あれ~? 思ったよりぼろい? 黒塗りのたっかい車とかないね」
「先輩、帰りましょう」
「え~、なんでよ~ せっかく時間かけて来たんだから、武器がしまってある場所の当たりくらいはつけておこうよ」
「いや、だから、ここは……」
入口付近でわいわい騒いでいると、当然、事務所からは目立ってしまう。
「やあ、こんにちは。うちに何か用かな? 若いお二人さん」
いかにも
人見知りを発動して、僕の背中に隠れる飯島先輩。
先を越された。僕も隠れたかったのに。
「あー、あの? こ、こちらの会社の方ですか?」
「ああ、そうだよ」
「つかぬ事をお聞きしますが、ど、どのようなお仕事を?」
「うん? うちは建設業者でね。住宅やマンションを建てたりするよ」
やっぱりそうだった。
「最近は解体もやってるね」
「解体!? 」
先輩はそのキーワードになぜか強く反応した。
後ろから顔を出し、目をキラキラさせて、
「人体のですか!?」
と言い放った。
この人は! なんつー失礼なことを!
一瞬、当然のごとく、空気が固まる。
「ははは。俺はブラックジョークは嫌いじゃないよ。だけどお嬢ちゃん、あんまり知らない人には言わない方がいいぜ」
快活に笑うおじさん。
よかった。
冗談が通じる人で。本当によかった……
その後、他愛無い世間話を少しして(とても疲れた……)、おじさんは事務所に戻っていった。
両人ともこれ以上ヤクザの当てはなく、武器の入手は
帰り道、僕は飯島先輩に「さっきのはさすがにあまりな発言だった」と苦言を少し言わせてもらった。
それだけで彼女は気に食わなかったらしく、機嫌が悪くなった。
帰りの車でもぶすっとしていて、行きより少し運転が荒かった。
そうして時は過ぎ、クリスマスが終わる。僕たちは恋人でもないので、わざわざその日に集まったりしない。
先輩から連絡のないまま、大晦日はやってきて、新しい一年が始まる。
この年はいろいろあった。
極めつけの大きな出来事は、美人で年上の女性と知り合ったこと。弱みを握られて「人質」にされて、なんだかんだで犯罪の「共犯者」に選ばれたこと。
次の年はどんな出来事が待っているのだろう。
厄介ごとは頼むからごめんだ。
どうか平穏に過ごせますように。
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