強い者いじめ

 結局、ネットでの事務所検索は、僕の必死の抵抗で断念となった。これで一件落着だったらよかったのだが、「私、やっさんの吹きまり(言い方)、一つ心当たりがあるよ!」と飯島先輩が言い出して、その事務所まで行ってみることになった。

 徒歩では約一時間。結構かかるが、生活けん内にヤクザの事務所があると思うとぞっとしないので、むしろよかった。

「足がつくとヤバイから車で途中まで行って、ちょっと離れた所から歩いていこ」

 先輩の車に搭乗とうじょうするのは初めてだ。というか車に乗るのが久しぶり。泊りがけの農業実習でバスは乗ったが、自家用車は高校生の時の家族旅行以来だ。彼女の車は青色の丸っこい軽自動車。天井が低いので頭がぶつかりそうだ。おそるおそる助手席に乗る。

 先輩はスマホのナビを設定しながら言ってくる。

「あ、ごめん。運転中は集中したいから、話しかけないでね」

「あ、はい。分かりました」

 というお願いのため、車内では終始無言だった。

 おそらく運転に集中したい、というのは安全運転を心がける他に、病気も少し理由に入る。発達障害(疑いを含む)の人は一つのことへの集中力は目を見張るものがあるが、その分、他事ほかごとがおろそかになる傾向がある、と文献で読んだ。逆に集中力が続かないケースもある。

 発達障害がややこしいのはこういう所で、個々の症状が全然違ってくるのだ。飯島先輩は過集中の症状、僕はといえば、むしろ集中力散漫な方だ。受験勉強も一つの教科に長い時間取り組めず、20分程度で教科を切り替えたら、効率よく学習できた。

 集中し過ぎと散漫。どちらにしても、僕も春休みに自動車の免許を取得する予定があるので、気をつけないと。

 先輩はすいすいと慣れた手つきで運転し、目的地最寄りのドラッグストアの駐車場に車を停める。今や世はドラッグストア戦国時代。うちの近所ではスーパーマーケットより、数が多いと思う。

 犬も歩けばドラッグストアに当たる。

 行き先は住宅街の中で、なだらかな坂道になっていて、僕らは横並びで連れだって歩く。今日は真冬にしては気温が上昇して、の光もたっぷりある。しっかり厚着をしてきたので、汗ばむかもしれない。

 あまりに暇なので、慣れない雑談してみる。

 雑談は苦手だ。意味のないことを話しているより、本を読んだりしたい。

「私も、私も」

 だが飯島先輩となら、あまり苦にならない。似た者同士だからだろうか。見事なコミュ障ぷりで、親近感を覚えるのは確かだ。

「同類相憐あわれむとも言うね」

「………」

 ほっこりしかけた雰囲気が台無しだ。

「ごめん、ごめん」



「女のヤクザってあんまり見ないよね」

「普通に生活してたら、ヤクザは見ないですよ」

「そりゃそうだ」

 一本取られたよ、と先輩は笑う。

「創作でだよ。任侠?の昔の映画のクライマックスシーンを、映画の特集バラエティーで見て、こっわい叔母さんが啖呵たんか切ってた。私が見たのはそれくらい。チンピラ、ヤンキーは漫画で女がいるけど、ヤクザ、極道では見ないんだよね。何でだろう?」

「イメージ、ですかね」

「だよねー」

 彼女は言質げんちを取ったという顔で頷く。

「例えば授業参観に来る親。例えば、医者の受付の人、保育士さん。ほぼ女性だよね。病気がら、病院はいろいろ行くけど、受付の事務員さん、男の人を見たことがないよ。特に政治家、あと医者なんかは男ばかりだから、女性の割合を増やそうと社会問題になるけど、逆は話題にならない。男性が集まってる場所があるから、女性も団結しようぜってことかな」

 彼女は同性が言えば、あまりかどが立たないが、男が言えば大問題な発言をしてくる。

「短編漫画でボランティアがテーマの作品を最近読んだんだ。30代前後のボランティア好きの男性が主人公で、ごみ拾いとか子供たちの引率をするんだけど、子供の母親から異物扱いというか、危険人物まがいに見られるんだ。読んでて辛かったよ。これが若い女性や退職した年配の男性なら、微笑ほほえましく周りから見られるんだろうね。

 いい年した男は仕事してろ、女の領域には寄ってくるな。それで反対の性別の人間が近づいてきたら排除しようって」

 はあ、

「心が狭いね」

 僕はどう発言しても藪蛇やぶへびになりそうで何も言えない。




 しばらく会話が途切れる。

「女性とか子供とか、一般的に『弱い』って認識されてる人間で連想したんだけどさ」

 ぽつりと彼女は言う。

「ニュースでそういう人たちが犠牲になった、無差別殺人の報道があるたび、お爺ちゃんがぼやくんだ。狙うならヤクザの事務所に突撃すればいい。弱いものを狙うなって」

 あの人は孫娘に何ていうことを言い聞かせてるんだ……

「私もそう思う。女、子供、高齢者、障害者。社会的、肉体的、精神的に弱い者を標的にするのは卑怯ひきょうだよ。どうしても暴力をふるいたいなら、どうせなら自分より格上に、ゆがんたパワーを向けろってね」

 だから、と先輩は言葉を締めくくる。

「私もむしゃくしゃしたら、ヤクザの事務所に特攻するぜ」

「……はいはい」

「ということはさ、首相を狙う私たちは良いお手本だよねえ」

……とりあえず返事は保留させてもらった。

 



 程なく目的地に到着した。

「お・ば・た・ぐ・み」と平仮名で看板がある、そこそこの広さの敷地。

 ペンキのがれた、お世辞にも景気の良くなさそうな事務所。大量の木材、砂利じゃりの山、ショベルカー、ダンプカー、他にも僕では用途が分からない工作機械。大型トラックも三つ並んでいる。

 これはどう見ても……

「あれ~? 思ったよりぼろい? 黒塗りのたっかい車とかないね」

「先輩、帰りましょう」

「え~、なんでよ~ せっかく時間かけて来たんだから、武器がしまってある場所の当たりくらいはつけておこうよ」

「いや、だから、ここは……」

 入口付近でわいわい騒いでいると、当然、事務所からは目立ってしまう。

「やあ、こんにちは。うちに何か用かな? 若いお二人さん」

 いかにも土建屋どけんやといった風貌ふうぼうのガタイのいいおじさんが、表面上はにこにこ話しかけてくる。

 人見知りを発動して、僕の背中に隠れる飯島先輩。

 先を越された。僕も隠れたかったのに。

「あー、あの? こ、こちらの会社の方ですか?」

「ああ、そうだよ」

「つかぬ事をお聞きしますが、ど、どのようなお仕事を?」

「うん? うちは建設業者でね。住宅やマンションを建てたりするよ」

 やっぱりそうだった。

「最近は解体もやってるね」

「解体!? 」

 先輩はそのキーワードになぜか強く反応した。

 後ろから顔を出し、目をキラキラさせて、


「人体のですか!?」


と言い放った。


 この人は! なんつー失礼なことを!

 一瞬、当然のごとく、空気が固まる。


「ははは。俺はブラックジョークは嫌いじゃないよ。だけどお嬢ちゃん、あんまり知らない人には言わない方がいいぜ」

 快活に笑うおじさん。

 よかった。

 冗談が通じる人で。本当によかった……

 その後、他愛無い世間話を少しして(とても疲れた……)、おじさんは事務所に戻っていった。

 両人ともこれ以上ヤクザの当てはなく、武器の入手は完遂かんすいできなかった。

 帰り道、僕は飯島先輩に「さっきのはさすがにあまりな発言だった」と苦言を少し言わせてもらった。

 それだけで彼女は気に食わなかったらしく、機嫌が悪くなった。

 帰りの車でもぶすっとしていて、行きより少し運転が荒かった。



 そうして時は過ぎ、クリスマスが終わる。僕たちは恋人でもないので、わざわざその日に集まったりしない。

 先輩から連絡のないまま、大晦日はやってきて、新しい一年が始まる。

 この年はいろいろあった。

 極めつけの大きな出来事は、美人で年上の女性と知り合ったこと。弱みを握られて「人質」にされて、なんだかんだで犯罪の「共犯者」に選ばれたこと。


 次の年はどんな出来事が待っているのだろう。

 厄介ごとは頼むからごめんだ。

 どうか平穏に過ごせますように。


 

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