Fragment.3.6

逃げてない、人とは違う道を歩んだだけ


 高校三年生の一年間はたん的に不登校だった。正確に言えば、保健室登校。一時限目だけ保健室で過ごして帰宅する。出席日数が緩い私立高校だから、可能な芸当だった。学業成績で落第しないことが前提だったけど、勉強はやればできる子なので問題はない。

 試験の時だけすぅっと教室の席に何食わぬ顔で座って、終わったらすたこら退散した。一教科、数学Ⅱ-Bだけ全然分からなくて、これはまずいぞ、と担当の先生を質問攻めにした。やっぱり分からなかったので、テキストの問題と解答を丸暗記して試験にのぞんだら、思いもよらない高得点を取れた。

 授業に出ない私をこころよく思わない先生も少し居たらしいけど、理解を示してくれた先生たちのおかげで、書面上は傷なく高校を卒業できた。

 大学センター試験は周到に準備して受けた。それまで受けた模試はあまりよくなくて、志望校(卒業した大学だ)の判定はイーブンイーブン。でも強運(悪運?)で多くの教科で自己最高点を更新し、一つ、二つ上の旧帝大を狙える点数だった。

 こんなラッキーは続かない。神様の贈り物だと思って、おごらない。私は人生の幸運と不幸は等分という考えだ。最後には釣り合うようにできている。

 ここは元々の志望校を選択して、安全にゴー、だ。 

 この時、両親から言われたのが、


「逃げぐせが付くよ?」


 学校も通えず、友達もおらず、ろくに会話をしない私を心配して出てしまった言葉である。別に学校という空間から、安易に逃げたつもりはない。むしろ小学校から十年以上、とてもとても頑張った。我慢して頑張って歯を食いしばって、それでももう耐えられないから、壊れてしまうと確信したから、逃げた。

 悔しい。悔しいが、今回は勝算はない。両親が望んだ大学の二次試験範囲を、私は何も知らない。授業に出てない上、志望校の出題範囲外だからまったくノーマーク。今からやって、他の真面目にやってきた受験生にかなう道理はない。

 留年は絶対したくない。予備校は高校と同じ、名称が変わっただけだ。悔しいが、今回は諦める。安い挑発に乗らない。悔しい。弱腰で逃げたと思われるのは、非常に悔しいが。


 ならば、次こそは逃げない。

 大学を卒業した後の、大学院修士課程は、必ずチャレンジしてやる。

 そう自分に誓った。 




 二次試験は案の定、体はガチガチに緊張して多くの問いを空欄くうらんで提出した。完全に一次試験のアドバンテージで逃げ切った。陸上の100m走で例えるなら、私だけスタートが50mの位置にいた感じ。わたわた走って、ゴールは平凡なタイム。

 それでも受かったことには変わりない。合格発表の日は祖父、母の三人で一緒に見に行って、私は合格を確信していたけど、受験番号を見つけた時はやっぱり嬉しかった。家族は私が現役で大学に受かるなんて、あまり信じていなかったらしい、と後から聞いた。

 ひどい。

 まあ、まともに学校に行ってなかったら、そんな印象が普通か。

 でも不登校だからって、勉強をさぼってたわけじゃない。むしろ自分に適した勉強法を模索もさくして、時間を好きなように都合して、効率よく学べた。と、そんな主張をしても納得する受験生は多くないだろう。職員室前に掲示けいじされた「大学合格者(国立)」の一つ「飯島加奈・○○大学」の記載には、少なからぬ先生と生徒が首をひねっただろうことは、想像にかたくない。

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