冬の再会

 飯島先輩からやっとLineがあったのは、年の瀬も迫る十二月の初旬だった。既に前の週に初雪が降り、道の端に薄っすらとまだ小さな塊が残っている。

『ごめんねえ。しばらく音沙汰なしで。忙しくてさあ』

『例の事業所ですか?』

『そうそう。通いながら、就活して。まあ全然いい結果は出てないんだけどねえ。あはは』

 沈む内容のくせに、軽い調子の文面。ぱっと見はいつもの先輩だ。

『でも月路クンから連絡してくれてもよかったんだよ? お姉さん、ちょっと寂しかったな~』

 いつものからかい口調に言い返したいのをぐっとこらえて、どう返事を返そうか迷っていると、すぐ追伸が送られてくる。

『ゴメン、今のナシ。意地悪なこと言ったね。君が気を使って、そっとしてくれてたのは分かってる。無神経でごめんなさい』

………………

『調子はどうですか?』

 謝罪はあえてスルーして、無難な問いをしておく。

『うん、今は「あの夜」直後よりは悪くはないよ。おかげさまで』

『それはよかったです』

 それから取り留めのない会話がぽつぽつと続き、当然の流れで、お互いに近況報告したいから会おうということになった。

 クリスマスが近づくとどこも人で賑わい、僕たちの苦手な空間が増える一方だ。時間が経てば人混みは勢いを増すので、この週末に駅前で落ち合う約束を取り付けた。就労移行支援事業所は土曜日も開いている日があるらしく、彼女は昼までそこでプログラムをこなしてから合流することになった。



 僕たちの通う国立大学は俗に言う「駅弁大学」である。つまり一県に一つ設置されている、主要な学部すべてが揃った県下最高の学府で、当然ながら場所は県庁所在地にある。県庁所在地ならばいくら地方のうらびれた一都市でも、それなりの人口があるわけで、基幹駅も最近改装工事をしてさらに立派になった。

 その改装の目玉が金で造られた武将像だ。地元出身のそこそこ有名な戦国武将の像で、さすがに中身まで金でぎっしりではないだろうが、見た目は全身金ぴかである。

 結局、彼は天下統一を成し遂げることは叶わなかったが、派手好きで豪放磊落ごうほうらいらくうたわれた彼のことだ、現代に金ぴかで蘇ったとなれば、きっとご満足いただけるだろう。まあ、地元民からは税金の無駄遣いだという声は当然噴出し、完成後は市民の憩いの場というより、よく目立つ待ち合わせ場所、観光客の珍光景スポットになっているが。

 僕も駅前の待ち合わせに真っ先に浮かんだのは、この場所だったから、いかに刷り込みが強いかが分かる。

 僕は前回のデート(?)と同じく30分前に到着し、飯島先輩もやはり前と同じ時間に姿を見せる。

「やほやほ~ 今日も早いね。久しぶり~ 元気にしてた?」

 彼女は以前と変わらず、朗らかに声をかけてくる。

「はい、それなりに。先輩もご健勝そうで」

「ははっ、そう見える? ならいいんだけど」

 今日は最高気温が十度を下回る予報だったので、僕らは二人ともしっかり厚着をしている。僕はユニケロのダウンジャケットとウォームパンツ。進化を重ねた二品はデザインも年々洗練されて、僕の目からしたら十分おしゃれだ。手袋とマフラーは親から誕生日にもらったもので、帽子はなし。先輩はダッフルコートにロングスカート。毛糸の帽子とマフラー、手袋に厚手のタイツで防寒はばっちりだ。

「言われた通り、お昼ごはん食べてないよ。どこ行こう? 今日は何か予定立ててくれたんだよね?」

「はい。前の時、言われましたから。商店街の新しいカフェを予約してあるんで、食べたら街を散策しましょう」

「学習してくれて、お姉さんは嬉しいよ。さっそく行こ行こ」

 もうお腹ぺこぺこだよ~と歩き出そうとして、彼女は武将像を見上げて、

「つるつる~ぴかぴか~」

 なぜか拝む。気持ちは分からないでもない。

 余談だがこの戦国武将は、剃髪ていはつ姿で現代に戻ってきている。小さい子供たちにはたいそう気に入られ、「ハゲ」「タコ」「ごこうが五割増しでまぶしい」などとネタのかっこうの餌食になっている。

「あー 一応、後学のために教えておくけど」

 先輩は頬をかきかき、僕の方を向いて言う。

「ここは女の子とのデートの待ち合わせ、NGスポットだから。大学で女子グループの会話が聞こえたんだけど『あんなハゲおっさん、近づきたくない』『光って気持ち悪い、引く』って。私は別に許しちゃうけど、普通の女の子だと心中『ないわ~』って思うらしいよ」

「ありがとうございます。とても参考になります……」



 駅の北側にはかつて盛況をみせた、一大繁華街の馴れ果てが広がる。隆盛を誇ったその場所は、21世紀初頭から主要産業の後退や人口減少により衰退を始め、今ではシャッターの下りた店の方が数えると多い、寂れた商店街が残っているだけだ。熱意ある地元民は再び賑わいを取り戻すため付近の大学とも連携し、ゲームショー招致や若者に的を絞った出店援助など、策を講じているがあまりうまくいってない。 

 僕がインターネットで検索して探し当てた店も、やはり近所の大学の卒業生が早々と会社を辞めて一念発起して、商店街の一角に開いたお店だった。お洒落なカフェで料理の写真は見栄えが良く、値段も千円前後で口コミもよかった。 

 カランコロンと鈴を鳴らしながら、入り口をくぐる。

 全体的に茶色系統の色で店のカラーを統一し、壁は赤茶色のレンガ造り。(のような模様?)カウンター奥の棚にワインボトルが瓶底を見せて収納され、落ち着いた曲調の洋楽を流し、レトロな雰囲気を演出している。

「いい雰囲気の店だね」

 彼女も好印象を持ったようで、選んだこちらとしては一安心だ。

 窓際の席に陣取り、一つずつ手渡されたメニューを睨む。

「ワンプレートランチがおすすめらしいですよ」

「へ~」

 メインが八種類もあるので、少々どれにするか迷う。僕はローストビーフ、先輩は白身魚のフリッターのプレートを注文する。

 料理が来るまで、他愛ない話をする。

 彼女に会ったら一番伝えたかったことをやっと言える。

「タイピンググランプリ優勝しましたよ。先輩の記録は超えられませんでしたけど」

「ふふっ、私を超えるのは10年早いよ。そうか、ついに私の弟子も歴代チャンピオンに名を連ねることになったか……」

「いや弟子になった覚えはありませんけど。あと、あんまり栄誉ある称号に思えないし」

「そりゃあ、あの先生が勝手にやってるだけだしね」

 二人してははは、と乾いた笑いを出す。

「今日は午前中、就労移行支援事業所? で何かしてたんですよね? どんなことをしたんですか」

「名前長いよね~ 事業所名は『だいじょぶ』っていうの。仕事のjobと大丈夫をかけてるの。そっちで呼んでね」

 なるほど、だいぶ短い。助かる。

「今日は事業所の卒業者数人を招いて、小さな講演会みたいなのがあったの。『だいじょぶ』を介して就職が決まって働いている人が、実際の職場で大変なこと、困ったことを教えてくれた。今日来た人たちは元々仕事がしたい気概があるから、欠勤したり勤務態度に問題はないけど、コミュニケーションがうまくいかなくて、同僚と意思疎通がうまくいかなったり、口論になったりするわけ」

 発達障害の人が特にそういうケースが多いのね。

「発達障害って分かる?」

「ええ、少しは」

 僕は頭の中を一度整理して語る。

「僕も疑いありで一通りの検査を受けたので、情報を集めました。知的レベルでは問題はないけど、知的障害の方と同じように生まれつき脳の発達に健常者と違いがあって、情報伝達能力(簡単に言えばコミュニケーション能力)を苦手とする人のことですよね。僕は結局、疑いだけでグレーゾーン(似た症状、傾向から障害を疑うが、障害とまでは言えない状態)と医者から言われましたけど」

「そう。私もグレーって言われた。限りなくクロに近いらしいけど。障害認定する判断がとても難しくて、曖昧なんだよね。医者の主観によるところも大きい。診断を出す先生は簡単に『あなたは発達障害です』って言うらしいし」

 加えて、「大人の発達障害」というものもある。大人になってから障害が見つかる事例が最近増えているのだ。まあ、これは子供の頃、学生生活では顕著な問題が起こらずに見逃されて、社会人になってからトラブルが発生して、精神科を受診するケースが多いんだろうと、僕は思っている。

 会社での生活は、学生生活の延長だ。大勢の人に囲まれて、週五日か六日同じ場所に通い、長時間拘束されて、自分の取るに足らない役割をこなす。違うのはお金を払うかもらうかで、責任があるかどうかだ。つまり学生生活を問題なくこなせるなら、社会に出ても十分やっていける。逆に普通の、大半の発達障害の人は、最初の集団生活で選抜されて、弾き出される。僕や飯島先輩のように。

「それらの問題に陥って、『だいじょぶ』やハローワークのサポートで助かったことを話してくれた。『だいじょぶ』のスタッフの人、褒められてた。スタッフは彼らが仕事でうまくいかないことがあると上司や相談員と話し合いの場を設けてくれたって」

 相談員とは障害福祉サービスの一つで、申請すれば障害者は誰でも利用できる。障害者が企業に勤め始めたら、定期的に支援者の体調や勤務実績を見守り、有事の時は企業側との仲立ちをしてくれる。

「『だいじょぶ』まで元利用者が出向いてきた時は親身に相談に乗ったり、本当に助けになってくれたんだろうと思う。私も助けを求める相手がいるんだって、少しは参考になったかな」

 料理が運ばれてくる。ネットの噂通り、ボリュームがある。ビーフは分厚くて十枚以上乗っている。先輩のフリッターも一つ一つが大きい。

「うまっ、このフリッター、肉厚でさくさく!」

「ローストビーフも柔らかいですよ」

「本当? そっちも食べてみたいなあ ……一つ交換しない?」

「いいですよ。僕もフリッター興味ありますから」

 お互いのメインをシェアして、美味しい料理に下包みを打つ、穏やかな時間が流れる。

 しかし、そんなムードとは裏腹に、会話の雲行きはなんだか怪しくなっていく。







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