記憶の端くれ

 今日はせっかくの休日に、飯島先輩に強引にすすめられたアニメを、レンタルDVDで借りてきて一気見していた。

 僕はアニメはあまり見ない。一方、飯島先輩は筋金入りのアニメおたくだ。病室ではTVが見られないので、ぶーぶーと文句を垂れていた。正確には一日100円でテレビをレンタルできる。だが、ちりも積もればもったいないし、彼女が見たいのは深夜アニメだ。夜中に起きて視聴するのは禁止されている上、録画やDVD、BDの再生はもちろん無理である。

 先輩の自宅の録画機には日々、未視聴のアニメが大量に溜まっているので、退院してからのお楽しみがあるのはいいことだ。(そのおかげで彼女がいっそう回復にやる気を出しているといっても過言ではない)もっとも全部で20番組以上あるらしいので、さすがに楽しいばかり言ってられず、ひいひい言いながら見るのではないか。

 いや、悲鳴を上げるくらいなら見なければいいと思うのだが、そこは玄人くろうとの意識で許されないらしい。

 感覚が、分からない。

 もう一つのお楽しみとして、「デート」の約束をしていた。もちろん僕も心待ちにしている。これまでの二回のデートで行った場所を贅沢ぜいたくに一回でこなそうという要望で、映画館も行く予定だ。

 そこで、全国で大騒ぎになっている劇場版「鬼殺し」を見るため、TV版を予習するように申し渡されたわけだ。

 全26話。

 長いなあ……

……先に全13話の短い方を見よう。

 今度のデートには関係ないが、「絶対見てね?」と念を押された、そのアニメのタイトルは、


「レッド・ガール」


というらしい。




 主人公の少女アマネは、一つの世界の「神」だった。

 普段は一般人に溶け込んで生活している。ごく普通の高校生として日常を過ごし、両親がいて友達もいる。

 神様というのは往々おうおうにして、激情家げきじょうかで気分屋である。アマネもご多分にれず、精神の安定を欠いている少女だった。ある時は気まぐれに人を助け、またある時は気まぐれに人を殺す。

 この世界に住む人々の祖先は、かつて世界の外から自分の意志でやってきた者たち。

 世界では時折ときおり、胸を痛める事件は起きるが(半分は人々の自業自得、もう半分は神のご機嫌のせい)、おおむね平和だった。

 神も停滞ていたいする世界にちょこちょこ刺激を与えて、そこそこ満足していた。

 そんなある日、侵入者たちがやってきた。

 この世界はおかしい。

 あなたたちは不当に支配されている。

 彼らはそう喧伝けんでんして回った。

 最初は相手にしなかった住人達も、彼らの日々の地に足を付けた努力が実り、次第に感化され始める。

 侵入者は「勇者」にまつり上げられる。

 犯人探しが始まり、閉じられた狭い世界で、あっという間に「神」が特定される。

 住人たちは反旗をひるがえす。それにアマネの実の家族も加わる。

 神に闘いを挑む。

 アマネは訳が分からなかった。

 一応、「消す」こともしたけど、だいたい守ってきたのに。

 これまでの秩序は自分の功績。

 文句を言われる筋合いはない。

 そんな言い分に勇者たちは、聞く耳を持たなかった。

 三日三晩、続く激闘。

 そして彼女は敗北を悟る。どうも勝てなさそう。

 このままだと、自分が消滅させられる。

 だからアマネは世界を閉じた。

 世界を維持するために、制御していた力を敵に回して、瞬殺した。

 神が去った世界は、瞬時に消滅した。

 何もない空間にあふれた住人たちは、単純に酸欠で窒息していった。

 大量の短い怨嗟えんさの声が、当然、真空の世界なので蔓延まんえんせず、やわい肉体は圧力差で膨張しはじけた。

 末期まつごの苦しみ、痛み、苦しみ。

 痛み、苦しみ、痛み……

 やがてこと切れた生命の残り香をぎながら、彼女はつぶやく。

 「あなたたちはいったい、何がやりたかったの?」

 神が本気を出せば、勇者が勝てる見込みは限りなく薄かった。

 たとえ彼らが勝利を収めても、支柱を失い崩壊する世界を保つ手段は有していたのか。あるいは住人たちを避難させる用意はしていたのか。

 まあ、すべてが失われた今となっては詮無きことで、そもそもそれは神が頭を捻ることではない。

 だが、住人達も馬鹿の集団ではないから、事を起こす前に損得勘定はしたはずだ。

 敗北すれば、何らかの苦しみから逃れられないのは、分かっていたはずである。

 ましてアマネがもっと底意地の悪い神だったら、裏切った住人たちに罰を与えて苦しめて殺しただろう。

 幸いにも、彼女はそこまで性根が腐っていなかった。

 だから、彼女は思うのだ。

 「苦しい」、「痛い」、「死にたくない」と思うなら、最初から歯向かわなければよかったのに。

「ねえ、どうしてこんな馬鹿なことをしたの?」

 答える者は誰もいない。

 彼女には、彼らが立ち上がった理由が、ついぞ分からなかった。


 



 エンディングの曲が流れ終わった後、僕はしばらくほうけていた。

 彼女にそっくりだった。似すぎていた。

 泰然たいぜんと構えているようで、内心は落ち着きなく、びくびくしている性格。

 表面的な無邪気さの内に秘める、どうしようもない鬱屈うっくつした退廃的な精神性。

 全体的な体の所作。

 髪の毛を左手で神経質にき上げる仕草。緊張が高まると出やすい。

 まばたきの頻度。やはり心に余裕がなくなると増える。

 過去の記憶を掘り起こせば掘り起こすほど、


 アマネは先輩の生き写しだった。


 いや……反対に彼女が寄っていったのだろうか。

 



「……で、どうなんでしょう」

 聞いた動機は単純な好奇心と、これからの接し方を考えるための確認の半々。

 帰ってきたのはこんなげん

「私、自分の素の、本当の人格がどんなか、よく分からないんだよね。少なくとも小さい頃は一つだった。後から外行き用の性格を創った。今ではその自分に会話はお任せしてる」

「僕とのこうした会話でもですか」

「うん。申し訳ない……とはあまり思わないけど、気分は良くないよね。でもこれが社会で生き残るための『わたし』の処世術。多重人格ではないと思うけど、似てる、のかな……? 私がわちゃわちゃお喋りしてても、『わたし』は後ろで冷静に観察している。私が楽しく笑って雑談しても、『わたし』はだんだん息が詰まってくる」

「アマネに憧れたのは確か。超然として、小悪魔で、残虐無垢ざんぎゃくむく。どこまでも自由で、どこまでも孤独。いい意味で人間離れしてると、私は思った。まあ、実際『神』だし」


 僕の質問へのしっかりした答えではない。

 たまたま、アマネが自分に似てて、親近感を覚えて真似てみたのか。

 それとも始まりは全然違って、憧れのような気持ちを抱いて、後から細部まで似せてみたのか。新しい「わたし」を創ったのか。

 僕は強くせまった。


「どっちだと思う?」


 そう、のぞき込んでくる瞳は、恐ろしいほどんでいて、










 ちなみに、「レッド・ガール」は、


「暗すぎ」

「救いがない」

「なんて物を見せやがる、時間返せ」


と評判はかんばしくなかった。散々だった。

 だが、「終末もの好き」、「バットエンド」愛好者たちの一部に、カルト的人気を誇って、今でも時々話題に上るようだ。


 彼女はひねくれたその内の一人。




「そういえば結局、何が『赤い』んですか?」

 視聴しても分からなかったんですけど。

「ああ、それね。単純、たんじゅん」

 先輩は物で埋め尽くされている病室の戸棚から、名刺サイズの適当な赤が入った紙片を引っ張り出してきて、ビシッと突きつける。

「存在が、レッドカードッ、だよっ!」

 はい、退場ね!


 からからから、と彼女は笑う。



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