観覧車

 時間は矢のように過ぎて、次の週の日曜日。


「どう?どう? けっこういいんじゃない?」


 遠出してバスに揺られること40分。僕たち二人は相変わらず仲もよく、全国的にも有名な水族館に併設された遊園地に来ていた。本当は平日の方が人が空いていて、僕たちには都合がよかった。だが僕の大学生活も佳境に入り、平日丸々時間を割くことは不可能だった。

 ちなみに僕たちの住む都市の市バス料金は、障害者手帳を提示すると半額になる。僕は手帳を持っていないので正規料金をしっかり取られた。

 救いだったのは遊園地が入園料を最初に取る形ではなく、乗り物ごとに料金を取るタイプだったことだ。そもそも遊園地は水族館のおまけの規模で、遊具は三、四個程度しかないようだ。


「映画でも高い所からスナイパーが狙撃するのが定番じゃない? どのくらい角度があるといいか知りたいんだよね」



 首相暗殺計画。

 プラン1・遠方高所からの狙撃



「裏世界の狙撃手を雇うんですか?」

「ううん。相場がいくらかは分かんないけど、めっちゃ高いと思う」

 だから自分たちで狙撃するんだ。

「今から技術を習得しないといけないんですか?」

「まあ、それは何とかなるよ。ほら、えーと、あれだ。私たち大学受かるくらい、優秀だし?」

「それなら全国ですごい人数にスナイパーの適性がありますね」

「そう。この国は暗殺者予備軍がいーっぱい」

 ちなみに先輩は体操座りで腕をしっかり組んでいる。居場所は座席の下の床にお尻をぺったり。顔を足の間に埋めている。おかげで声がくぐもって聞き取りにくいったらありゃしない。

 作戦を立案した張本人のくせに,、高所恐怖症だそうだ。

 そもそもなぜ観覧車を選んだんだろう。

「乗りたかったから」

…………

「下にヒーローショーのステージがあったじゃん。目立つレッドの頭が狙いやすいから、いい高さを探ってみて」

「戦隊リーダーの頭を迷いなく選ぶとは、本当に悪党ですね」

「むふふっ」

 褒めてない。

 籠は既に地上から10mをとうに超え、続いて最大高度の半分を過ぎる。最高は50mはいくだろうか。……単純に数えて50階ビルかあ。

…………

……もう駄目だ。

 僕は先輩の傍でしゃがみこんだ。

「どしたの? ちゃんといい視界を見つけてよ」

「いや、承諾した手前、言いにくいんですがね」

「うん?」

「僕も高い所、苦手なんですよね」

「…………」

 飯島先輩が僕の言に言葉を返さなかったのは、初めてじゃないだろうか。

 彼女は見事に絶句していた。

 こうして二人して降車まで頭を抱えて過ごした。降りる少し前にお互いに無言で座席に戻った。二人して目を合わせずに微妙な顔をしていたので、僕は係員のお兄さんに哀れみの眼差しを頂いた。きっとカップルが痴話喧嘩で気まずい空気になったと思われたのだろう。

 違うんです、お兄さん。僕はただの共犯者なんです。

「思ったんだけどさ」

 固い地上に戻れた幸福を噛みしめながら、彼女は顔色の戻ったすまし顔で、けろりと言ってのけた。


「籠の中って、よく考えたら射殺した後、逃げられないね」

…………

 そもそも銃をどこで手に入れるのか、そのお金をどう工面するのかなどの諸問題はどうするのだ?

「……ボツだね」

 技術習得の面で既に分かっていたが、金額的な現実で僕らは最初の挫折をした。




 園内の移動販売車で昼ご飯を買う。ちなみにヒーローショーのステージのすぐ真ん前だ。さっき撃ち殺そうとしたレッドが意気揚々と怪人を蹴り飛ばし、子供たちは歓声を上げている。

 僕たちは車の前に設置された、テーブルと椅子のの一つを陣取る。料理は不味いわけではないが、さすが遊園地価格だ。ロールパンにソーセージを挟んで焼いただけのホットドッグがえらく高い。家に帰って自分で作れば100円もしないのに。

 それが面倒くさい、すぐここで食べたいという需要があるから、高価なのに生き残っているのだ。山の山頂にある自動販売機の飲料が、下界より50円以上高いのと同じ原理だろう。

 そんな益体のないことを考えながらもしゃもしゃやっていると、飯島先輩が突然聞いてくる。

「月路クンは、人の命は平等だと思う?」

「平等だと思います」

 即答だった。

 観覧車の籠で揺られ、疲れていたことで理性的なタガが緩くなり、本音が簡単に口に出た。そうでなければやってられないと思った。サラリーマンが酒がないと、仕事なんてやってられないというあれと同じ感覚だ。僕は酒を飲まないし、働いてないからもしかしたら的外れな表現かもしれない。

 しかし平等でなければ、この世界の日々進む未来、人々の善意は報われない。

「ふーん」

 そして、彼女が必ず否定してくることも分かっていた。

「例えば大火事で君は消防隊員で、生まれて一年にも満たない赤ちゃんと、寿命が残り少ないお爺さんのどちらかしか救えないとしたらどうする?」

 現実でも創作の世界でも、たびたび問題になる「究極の選択」だ。

「……それは意地が悪い質問だと思います」

 確固たる答えは出ているが、それを口にして言うことは人として躊躇ためらわれる。

「あはは、ゴメンゴメン。でも社会はちゃんとした『その』答えを後回しにしてるのは事実だよ。そうして最後の最後、実際にそのケースに陥った個人に全責任を押し付けているんだぜ。両方を選べない、どっちを選択しても間違いだと非難される。責任を取りたくないから、模範解答を提示しないんだ」

 とっても大事なことだから、危機的状況になる前に、明確な指針を決めておくべきだと、私は思うね。コロナウイルスの感染防止策を、夜七時のニュースで丁寧に説明したみたいに。

「災害が起きた時、障害者が避難所で受け入れられません。次はそうならないように対策しますって事例があったじゃん? 結局、最初の気持ち、自分たちに邪魔な存在だからいて欲しくないっていう気持ちは消えてないんだ。局地的な災害で社会に余裕があれば、障害者に配慮してくれると思う。でも地球全体、例えば隕石が落ちてパニックになったら、まず切り捨てられるのが障害者。最後に見捨てるなら、最初からいらないと言ってほしいよね」

 あまりにも暴論、品位を欠いた言い分に、僕は閉口する。

 間違っていないかもしれないが、受け入れがたい。

 頭では思っているかもしれないが、口に出すことは許されない。

 そういう類の話題。

 先輩は本来、そういう不文律の理解できる人。

 常識をわずらわしく、憎みつつ結局、常識に従う人。

 そして僕が気分を害していることに、彼女は当然気づいている。気づいていながら、良識の一壁を取っ払って本音をぶちまけた。吐き出したいことを吐き出して、さすがに彼女はばつが悪そうな顔をして、話の方向を少し変える。

「まあ、そこまでいかなくてもさ。納得いかない~て思うことはあるじゃん? 新聞読んでて、あ、月路クンは新聞取ってないんだった……」

 この説明で分かるかなあ、と先輩は自信なさげに説明する。

「新聞のテレビの番組表の裏側は三面記事っていって、話題性のある記事が載るんだけど、毎日訃報も載るの。国内の環境活動家が亡くなりました、大御所声優が亡くなりましたって。国民的俳優クラスになると一面を記事に割く。外国でも著名な政治家なら大きく取り上げられる。政治欄にも載ると思う。若くして亡くなったり、予期してないタイミングで命を落とすとクロースアップされる。

 私たちが首相暗殺に成功したら、トップ記事含めて三、四面は彼のことで埋め尽くされるはずさ。この差は何なんだろうね。命が本当に平等なら、ランダムで記事を作ればいいじゃん。

 東京都○○区にお住いの中原源三さん(86)が亡くなりました。中原さんは19××生まれ、高校卒業後、約40年建設業に携り…… 23歳の時、お見合い結婚、三人の子供に恵まれ……みたいな」

「それは……」

「うん、分かってる。つまらないよね。だけど、大抵の人生はつまらないんだよ。それを一部の人の特殊な人生だけをピックアップする、野次馬根性? 特別扱いが変だよ。ほら、やっぱり『特別』な人生がある。全然、平等じゃないよ」

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