回想(彼女の噂話)


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 入学してそろそろ二カ月が経つ頃だった。大学生活にも自分なりのリズムが構築され、ちょっとした虚無感さえ感じる。

 やっぱり人はそうそう変われるもんじゃない。高校は居心地が悪くて、それでもなんとか卒業して、環境が変われば新たな興奮や素敵な出逢いが、少しはあるかなと期待していたけど。


 昼下がりの講義室。

 もうすぐ昼休憩が終わる。

 胃の中に詰めた食材もそろそろ消化が始まって、そちらに体のエネルギーは多く供給される。必然的に脳へ送られるブドウ糖は減少し、眠気に襲われるだろう。だが三限目の内容はただでさえ難解なので、しっかりノートをとっておかないと試験前に苦労することになる。

 冷たいお茶を喉に流し込んで、気合を入れる。すると明瞭になった意識が少し離れたところで談笑している女子たちの声を拾ってしまい、僕は後悔する。

「そういやさ、ジュン、『留年』さんって知ってる?」

 茶髪の子が友達に聞く。

「私、サークルの先輩から聞いたんだけどさ」

「あ~、私も聞いた、聞いた。三年の先輩が入学した時にはもう学校にいたけど、まだ授業出てるらしいし」

「どうやらここの学部の人らしくてさ、信じられんほど美人らしい。噂だけど」

「へ~」

「あ~、私、その人見たことあるよ」

「「マジで!?」」

 近場で二人の話を聞いていた子(女)が話に混ざる。さらにうるさい。

「教室棟の前ですれ違ったんだ。美人っていうか、どっちかていうと可愛い系だった。ゆるふわなガーリッシュってーの? 体も小柄な方でさ、守ってあげたくなる美少女って感じで、男に受けそうな」

「あー、そういう感じかあ」

「つーか、みっこはなんで『留年』さんって分かったん?」

「そりゃまあ… 信じられんほど可愛いかったから? 髪キレイだし、お胸も程よかったし、生足すべすべだし。絶対この人だ!って」

「ちょっと気持ち悪いんですけど」

「私もそう思ったからやめて。で、やっぱりそういう人だから男遊びが忙しくて、勉強そっちのけで留年してるって噂」

「性格悪美人あるあるじゃん」

「じゃあさ、あんたもう一つの噂は知ってる?」

 どうでもいいけど「留年」さん噂多いな。まあ、女子にとって類まれな美貌の同性は話のネタに最適なんだろう。

「んー、知らん。どんな話?」

「いや、まあ… なんてーか、『ヤバイ』人らしいって」

「ヤバイ? どこが? どういうふうに?」

「まあ、普通に頭が」

 頭が?

「入学してすぐ可愛い子がいるぞーって噂になって、男が寄り付いたんだけど、まともに会話が成り立たなかったんだって。いつもイライラしてて無言で、たまに切れ気味で返事して。日によっては怒鳴り散らして、ついには『クズども散れ』て」

「散れ、て。マジで現実に言う人いるんか……」

「取り巻きはあっという間にいなくなったって。あいつはやばい。頭がおかしい。ともかく相当な人間嫌いなのは間違いないね」

「あちゃ~、ヒステリー持ちか~」

「彼女、暇があると構内をぶらぶら歩いてるらしいけど、やっぱり美人だから目立つんよ。で、余計に印象に残るのか、いつもぶつぶつ呟いてるらしいのよ」

「なにそれ、きもーい。完全にいっちゃってるじゃん」

「そういえば私が見かけた時もなんか変だった。体をぶらんぶらん揺らしてた」

「「うわ、ガチじゃん…」」

「極めつけが二年前の暴力事件」

「え、やっちゃったの?」

「うん、やったらしい。所属してた研究室で教授と言い合いになって、キレて、椅子やら小物やら投げ飛ばしての大立ち回り。何人もけが人出して、警察のお世話になって。精神鑑定の末、精神病院にしばらく押し込められたって」

「……いや、さすがに最後のはデマでしょ。そうなったらもう大学いられないっしょ」

「あははー だよね~」

 始業の鐘がなる。彼女たちは自分の席に着席し、講義が始まる。

 その時は、えらくはお転婆な娘さんがいるもんだなあ、と思いつつ、頭の中はすぐに先生の難しい解説でいっぱいになった。


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