不安とのたたかい

「爆弾を造ります」

「嫌です」

「造ります」

 拒否する僕に飯島先輩が即答すると、僕は逃げ出した。

 だが首根っこを掴まれ、

「ぐえっ」

 逃走は阻止されしまった。


 最初のお粗末な暗殺計画の下見から、また一週間が経過していた。

 クリスマスが近づき、もう人の多い場所には行けない(いやいやと頭を振る僕と、先輩)。僕らは家から最寄りの公園に集まった。

 そろそろ彼女の訳の分からないやる気の炎も、消えかけていると算段していたが、まったく間違いだった。わくわくうきうき顔で、物騒な提案をしてきた。



 首相暗殺計画

 プラン2・爆殺



 逃走を試みた罰に、僕は砂場に正座させられた。

 家に帰って、砂まみれになって傷んだジーンズを見るのが、今から憂鬱ゆううつだ。公園に親子連れがいなかったのがせめてもの救いである。今の子供は外で騒がしく遊ばないらしい。

……まあ、主にコロナのせいだな。子供たちが自宅に引きこもる傾向がさらに加速している。しかも大人たち公認で。

「はあ。……何ですって? 爆弾? そんなもの今時ネットで適当に動画を漁れば、いくらでも出てくるでしょう?」

「うん。私もそう思う。だから調べてちょうだい?」

「……自分でやればいいじゃないですか」

「ダメ、ワタシ、ネットコワイ」

「………」

 大事なことを他人任せ。ここにきて、ますます典型的な駄目人間の様相をていしてきた飯島加奈・24歳である。



 何回目になるか知らないが、真のコミュ障を刮目かつもくして見よ。

 よくコミュニケーションが苦手というが、ネットの中なら気兼ねしなくていい、遠慮しなくていいから楽だ、という輩がいる。

 では、飯島加奈さん(24)、一言どうぞ。

「は? ネットの中でも発言に配慮や気遣いは当然あるし。匿名だからって、何を言ってもいいわけないじゃん。そういうノータリン連中(死語。脳みそが足りない → つまり馬鹿)のせいで、ネット世界のモラルが乱れて批判されるんだよ。むしろ相手の顔が見えない分、余計に相手が何を考えているか分からないから、いらない気を遣う」というのが彼女の言い分である。

 まあ一応、筋は通っている。

 実際の所、僕も先輩もリアルの会話の方が、苦手だけどやりやすいのだ。発達障害の疑いはあるとはいえ、僕らは人の顔色をうかがって次の言葉を選ぶことは、ある程度出来る。それらの言外の情報は会話を進めるうえで、貴重なことを理解している。これが完全に発達障害にずぶずぶはまっている人だと、「言葉の内容」しか判断材料にならず、肌で感じる情報はまったく役に立たないのだ。だから言語のみで完結するネットの方が、やりやすいという人が中にはいるのだろう。

 加えて、僕らは様々な不安症を抱えている。先週の高所恐怖症、僕らの一番のネック、対人恐怖症。他にも閉所恐怖症、先端恐怖症、男性恐怖症とか逆に女性恐怖症とか。そもそもお前ら、人間恐怖症だろうという意見もありだ。僕たち二人はそれらをほぼ網羅もうらしていて、彼女には接触恐怖症のおまけ付きまである。

 更にここにきて止めの一撃、先輩はインターネット恐怖症だった。

 とにかく不安症の人間というのは、不安、不安、不安だらけの日常だ。普通の何気ない一日を過ごすだけで、びくびくして夜、寝床につくとほっとして、明日の新たな不安におびえるのだ。わざわざ自分からインターネットという、有象無象うぞうむぞうの新世界に飛び込むのは、ごめんだということだろう。

 僕もその考えに一定の理解を示すことはできるが、やはりそれ以上にインターネットは便利だ。知らない知識は無料閲覧えつらん辞書サイトで調べれば、面白い記事までいくつも付いてくるし、ゲームのレビューを見れば、地雷ゲームを買わされる羽目にならずに済む。

 知識は頭に詰め込まず、PCを脳の外付けハードディスクとして利用する。名作、良作、奇作との偶然の出会いは減り、未知の感動には出会わない。そんなことをしているから、人間はどんどん退化していくと指摘されれば、それまでだけど。

 ところで、いろいろ「~恐怖症」なんて病名を上げたが、いちいち診断が出ているわけではない。結局は心が生まれつき「怖がり」で、日常生活に支障が出るかが診断の下りる決め手なのだ。

 生きているうちに不安を感じない人間はいるはずがない。人間は突き詰めてしまえば、みんな不安の病に侵されている。それなのに自分が不安を抑えて生活できている、ならお前らもできるだろうと指摘してくる連中の想像力の欠如にはうんざりする。そんな心の強い人間ばかりなら、精神科も抗不安薬もこの世には存在しない。


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