第六章

Fragment.3.3

働く不幸せ


 人間には労働の義務と権利がある。

 特に世界の中でも日本人は労働が大好きなようで、一人当たりの平均労働時間は他国に比べて群を抜いて多い。そんな正式なデータがあるのに、人々は目を背けてせっせと働く。疑問や異常への思考にふたをしてせっせと働く。

 そして過酷な勤務状況に体や心が音を上げて、少なからぬ人数が心を病んで休職や失職して、人生に絶望する。その人たちより強くて意欲的で活力に溢れて、労働の痛みで悦びを得る人は、自分が限界を超えていることに気づかずに、終いには死んでしまう。

 そんな人を私は知っている。



 「だいじょぶ」の利用者の一人、堀北正則さん(43)はうつ病をわずらっていた。

 大学卒業後、工場で荷物の仕分けをしていた。毎日訪れる配送業者のトラックにフォークリフトで荷物を積み込む。朝から晩までひっきりなしに業者はやってくる。休憩を取るタイミングを間違えると、作業がとどこおる。受け渡し記録の作成が終わるのは早くて夜八時、遅いと日付が変わっていた。

 そんな作業を一人でこなしていた。

 経営者たちは事務所でお茶を飲んだり雑談したり、ゆっくりくつろいでいる。

 人員を増やしてほしい、と要望を出しても、人件費の関係で無理だという。

 明らかに異常な労働環境だが、残業代は出て月収35万くらいはもらえるので、家族のためだと自分に言い聞かせて我慢して頑張った。

 十年以上、頑張った。

 しかし、30過ぎて体力も衰え始め、心の方もボロボロだった。

 ついに退職を願い出る。

「そう。お疲れ様」

 たった一言。

 彼は身を粉にして会社に尽くしたというのに、素っ気ないものだった。

 代わりはいくらでもいる。自分は使い捨ての駒だったのだ。

 それでも会社には感謝している、と彼は虚ろな顔で言った。

 何の取柄もない自分を受け入れて、曲がりなりにも給料を支払ってくれたのだ。

 せっかく拾ってくれたのに、定年まで勤めきれず申し訳ない、とまで言った。

 離職後、彼は二年間部屋にひきこもり、生活は貯金を取り崩す毎日。

 精神科に通い出したのは、つい最近。



 一つの会社にずっといる義理はない。人は仕事を選ぶ権利がある。だが一度傷がついた人間を会社は雇おうとしない。40を過ぎると雇ってくれる所はほぼなくなる。

 結局彼は最低賃金のフルタイムのパートを探し出して、事業所を卒業していった。

 一応みんなが「おめでとう」と言うので、私も祝福した。

 病状もあまりよくなっていないのに、生活費が欲しくて。奥さんと小さなお子さんが二人もいるそうだ。

 少しでも過ごしやすい職場で、前より楽ができることを、私は願う。

 もしそうでなくても、また同じような労働が待っていても、彼は自分と家族のために我慢して働くだろう。

 それで生きていて、楽しいのだろうか。

 そんな過酷な人生で生きていて、正しいのだろうか。



 月路クン……

 ここは「だいじょぶ」って名前なのに、全然だいじょうぶじゃないよ。

 それともだいじょうぶな場所なんて、どこにもないのかな……

 

 


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