後ろ暗さ(インターネット)

「You Tubeなんかの動画ってさ。素人が投稿してるわけじゃん。変なウイルスがついてておかしくない。ていうか中には付いてるの絶対ある」

「大丈夫ですよ。皆やってますし。そういうのは……アダルトサイトの話ですよ」

「皆やってるから大丈夫っていうのは、何の根拠にもなってないけど。そっちはまあいいや。けど、アダルトサイトがウイルスの温床、っていうのも偏見じゃない? アニメ・ゲーム情報のまとめサイトや、近所の福祉事業所(A型、B型などの就労継続事業所がある。血液型ではない)のホームページ、みんな『このページはセキュリティで保護されてません』の表示が出るんだけど。怖くて開けなくなった」

 ブラウザの上にちょびっと出るあれか。僕もごくたまに気が付くけど、無視してる。セキュリティソフトは過保護なくらい、疑わしいものを検出するのだ。情報が乱雑に詰め込まれているまとめサイトはまず引っかかる。

「家族は気にしなくていいって言う。自分たちも警告は無視して使ってるからって」

「僕もそうですよ。気にしてたら切りがな……」

「使い手の安全を守るために、ウイルスソフトは働いてくれてるのに? ソフトの購入に少なくないお金出してるのに。全然、理屈が分かんない。どゆこと?」

 本当に、めんどくさいな、この人。

「そもそも私はパーソナルコンピューター、インターネットを何の躊躇ためらいもなく使ってる人の正気を疑うね」

「えー……」

 そこまでー?

「だってブラックボックスの塊だよ。フリーズしても専門家でも原因が分からないくらい複雑なんだよ。正常に動かなくなったら、とにもかくにも強制終了からの再起動。オーパーツだ。性能が高いけど、常時呪い発動の闇の武器だよ!」

 そこまで言わなくてもいいんじゃないだろうか。

「サーバーなんて一度も目で見たことがない物に、私たちの事細かな個人情報が詰め込まれているなんて、ぞっとするよ。

 極めつけは電子決済。実物のお金を見ないと安心できないなんて、古臭いかもしれないけど、システムの下地したじがふっわふわしてて危なっかしくて見てられない。

 そもそもウイルスソフトの存在がおかしいんだよ。あれ、インターネットの黎明れいめい期は絶対なかったさ。ネットを悪用する人間が現れたから対抗策として生み出された。以後はウイルスソフトのアップデートの繰り返し。攻撃する側が常に先を行き、守る方は相手が攻めてくるまで何の手の打ちようもない。こんなバランスの壊れた戦いの結果、


『個人情報が流出しました』

『預金が勝手に引き出されました』


 電子決済を利用して、情報を握られている消費者はたまったもんじゃない。どうしてくれるんだ。『申し訳ございません』では済まないよ」

「分かりました、分かりました! もうお腹いっぱいです。苦手なのはよおーく分かりました。僕が調べますから勘弁してください」

 飯島先輩はむふーと鼻息荒く勝利宣言する。いや僕が勝手に感じただけなのだが、本当に言い負かそうとしてたように思えてしまう。

「よろしい。では任務に全力で励むように!」




 帰宅後、僕はすぐにジーンズの砂をしっかり払って、洗濯ネットに入れて洗濯機に放り込んだ。その後、ご飯を作って食べたりTVゲームをプレイしたり、大学の課題をこなし急に思いたって部屋の掃除をして疲れて、夜の11時頃の寝る間際に爆弾の造り方を調べる約束を思い出した。

 学習机に置かれたPCの黒い画面を見る。


『ブラックボックスの塊だよ』


「……」

 どくん。

 起動ボタンを押す指が鈍る。


『守る方は相手が攻めてくるまで何の手の打ちようもない』


「…………」

 どくんどくん。

 実は飯島先輩の前では何でもなさそうな態度を崩さなかったが、僕もPCを使うのはぶっちゃけ怖い。

 気になる異性の前ではかっこつけたくなる、あれだ。男の悪い癖だ。

 僕はゲームのレビューはアマゾネスしか見ないし、開くページは大企業が運営していて信頼が置けるものがほとんどだ。個人がアップしたものは触れることはまずない。

 なんだ。僕も先輩とたいして変わらないじゃないか。自分の立ち位置を再認識すると、ますます気分が落ち込み体の芯が冷えていくのを感じる。

 あ、これはまずい。久々の悪い兆候ちょうこうだ。


『個人情報が流出しました』

『預金が勝手に引き出されました』


 どくんどくんどくんどくんどくんどくん!!!

「……!……!……!」

 先輩の高説が頭の中でリフレインして、僕の体は恐怖に支配される。

「はっ!……はっ!……はっ!……」


 呼吸が苦しい。


 汗がだらだら体から流れる。冷や汗というのは普段の暑い時にかく汗と違って、どうしてこんなに気持ち悪いのだろう……


 飯島先輩が語った主張は、偏っているが事実である。

 僕らは便利なサービスを受ける対価に、様々な情報を不特定多数の他者に握られている。一見、自分の意志で基本無料アプリゲームを楽しんだり、最新話無料の漫画を読んだりしているが、僕らの背中には企業が差し向けたあやつり糸がびっしりついている。サービスを無料にして経営が成り立っているのには、必ず儲けが出るからくりがあるのだ。

 深く息を吸い、思考を放棄して、呼吸を落ち着ける。考えなければ、不安というのは時間と共に去っていく。


『素人が投稿してるわけじゃん。変なウイルスがついてておかしくない』


 だが思考というのは簡単に放棄できるものではない。人間は考えるあしであると言った哲学者がいた。逆に言えば、人間は考えることから逃れられない。

 精神の回復は不十分だが、調べ物に手間取って先輩に文句を言われるのは嫌だ。慎重にネットの海を調べる。「爆弾 造り方」で検索すると個人の動画へのリンクがずらりと並ぶ。だがそれらには……やはり、手が伸ばせない。

 今度は「爆弾 購入」で検索する。大企業は見当たらない(武器の卸売りをしている会社なんて全然知らないが)。やはり個人経営の怪しげな(偏見だろうか)店名がちらほら出てくる。

 これ以上調べるためには個人サイトに潜り込む必要があるが……

 弱った。

 飯島先輩のせいでもあるが、びびってしまって進むことができない。

 調べると言った手前、収穫なしではぐちぐち怒られそうだ。かっこ悪いし。

 さて、どうやってかっこよく言い訳をしよう。

 時間をかけて気持ちを落ち着けて、次善の策を練る。

…………………

 …………ふむ。



 数日後(たくさん調べましたよ感を出すため)時間をおいて、先輩にメッセージを送る。 

「爆竹をたくさん買い込んでおけばオーケーです。火薬をばらして、一まとめにして巨大な爆弾を造って、首相の足元に投げ込みましょう」

 返信はすぐに来る。

『了解した。やるねえ! さすが参謀、頼りになる!』


 ちょろい。


 作戦2。参謀の裏切りにより失敗。

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