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 彼女はひたすら語った。自分の理念を、信念を、狂念を。

 僕の意見は必要ない。自分の言いたいことを言うだけ。前はそんな人じゃなかった。きっととても無理をしていたのだろう。他人の意見をちゃんと聞く努力をしていたのだ。今はそんな余裕はなくなって、感覚的、直感的に正しいことにがむしゃらに縋っている。


「ねえ、首相を殺そう? 私たちがやろうよ。他人任せにせずに」


 飯島先輩の考えは正しいかもしれない。間違っていないかもしれない。

 だが、正しさとは往々にして、他人からは狂気と映る。

 僕は彼女は狂っていると思った。ただそれは彼女だけではない。彼女が語る通り、この社会、その指導者たち、それに従っている民衆はどこかおかしい。

 飯島先輩、世界どちらも狂っている。だから彼女が狂ったことは彼女だけの非ではないし、初めに言った通り正しくないわけではない。

 ただ、その正しさは決して、社会で受け入れられない。

 この世界は矛盾や狂気をはらみながらも、絶妙なバランスのさじ加減で今日も穏やかに成立している。僕らが疑念を抱き何回見ても計算しても、希望と絶望の天秤が破綻していると結論づけても、有無を言わせず強引に明日の景色を眺めさせられる。これまでも、これからも。個人は死が訪れる時まで。全体は人類が滅びるその時まで。

 大多数の人々にとってそれは当たり前で、苦痛ではないこと。生きるとはとどのつまり、そういうことで議論の余地のないこと。

 だが、その絶対の真理に疑問を抱き、常に悲観的な思考しかできない人間がいる。

 飯島先輩や僕のような変わり者。始まりは健常に生れ落ちながら、思考回路が特殊で悲観した思考に押しつぶされて、心を病んだ愚か者。社会ときちんと向き合って、統合失調症、躁うつ病、うつ病などのちゃんとした精神障害と、日夜闘っている人とは根本的に違う。もちろん僕たちもそれらの病気を発症してしまったが、それは後付けであり、問題なのは真に「精神」に欠陥を持っていたから。

 名付けるならば、精神汚染者。

 精神が偏った思考により、汚染された人生の冒涜者。

 僕らはそれだ。

 だが、飯島先輩はあまりにも悲観的になり過ぎた。

 彼女は絶望しきっている。

 人としてぎりぎり踏みとどまれる境界線というものがある。汚染者もやはり絶妙なバランスで境界上をうろうろして、のらりくらりとやり過ごして静かに生きている。彼女はそこからも落ちようとしている。

 僕が、誰かが傍に寄り添っていないと、この人はもっと狂っていく。狂い過ぎた人間は遠からず社会から弾かれる。狂気が感染したら、社会が危機にさらされる。

 危険分子は排除するのがこの世のルールだ。


「一緒に殺そう?」 


 彼女は無垢な瞳で、もう一度お願いしてくる。

 僕は素直にうなずいた。僕は彼女とまだ離れたくなかった。彼女に死んでほしくなかった。罪を犯してほしくなかった。だから傍にいて、取り返しのつかないことをしないように監視した方が都合がいい。

 それに僕は人質なのだ。だから凶悪犯に人質が従うのは仕方ない。

 だが、彼女は言った。


「君ならそう言ってくれると思ったよ。よろしく。共犯者クン」


 忘れていた。


 あの夜、帰り際、僕は人質を解放されたのだ。

 僕の新しい役割は、首相を殺す介添え人。

 初めから主犯を裏切ることが前提の、共犯者。

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