お家デート(大乱闘)

 一組の男女がお互いの家にお邪魔する。

 僕の常識がおかしくなければ、これはもうお付き合いのレベルに達している。

 あまり浮かれた気分にならないのは、歪んだ本音の一部を打ち明けられたからだろうか。普通の人間は、情緒不安定な相手と付き合いたくない。僕みたいな人付き合いの苦手な人間ならなおさらだ。

 しかしそんな理由では拒絶できないくらい、僕はもう飯島先輩の虜にされていた。初めて深く接した同年代の女の人。しかも美人。甘い餌に誘き寄せられた、飢えた哀れな童貞と笑ってくれて構わない。

 大部分はそういう理由だが、同族意識、彼女に自分と似通った匂いを感じ取って、興味を持ったのは確かだ。そして、それは彼女も同じだろう。

 ふと思う。

 あの日病院で、彼女の方から僕に声をかけてきたのは、本当に偶然だったのだろうか。



 飯島先輩の家から僕の下宿先のアパートまでは、距離は約2㎞で成人女性の足では20分くらいかかる。徒歩で来れない距離ではないが、どうするつもりかと聞いたら、荷物があるので車で来るつもりだという。僕は大家さんに駐車場の共用スペースを一日だけ借りる手筈を整え、目立つ場所で到着を待った。

 時間通り、先輩の軽自動車がアパートの前に姿を見せる。

 停める場所を口で示して、駐車を見守る。先輩はバックの駐車を一回で決めた。

 車の後部ドアから荷物を下ろす。大物の荷物らしく、彼女の両手の紙袋がぱんぱんになっていた。

「持ちますよ」

「ありがと。片方でいいよ、重いから」

「いいですよ。まかせてください」

「そーゆー男の子アピールはいいから。じゃ、重い方お願い」

 ズシッ。うわ本当に重い。腕が垂れ下がってしまい、慌てて踏ん張る。

「何が入ってるんですか?」

「お楽しみ。気を付けてね。壊れ物だから」

 僕の部屋は二階なので、階段を上がらないといけない。慎重に荷物を運ぶ。

「お邪魔しま~す」

 彼女は玄関に靴を脱いで、いったん室内をぐるりと見回す。

「ありゃ、思ってたより綺麗」

「必要な物しか置かない性分なんで」

 僕は自分のスペースに極力、物を置かない。実家にいた頃からそうだ。漫画は普段は古本屋で立ち読みして、気に入った選りすぐりだけ置いてある。本は図書館で事足りる。ゲームはクリアしたらすぐ売ってしまう。箱の大きい限定版は買わない。

 服は三日で一回りできる三セットだけ、料理道具も小難しいものは置いていない。包丁があればピーラーがなくても野菜の皮は何でも剥けるし、パスタ用の茹で鍋は絶対に買わない。

「ふ~ん。なんだか寂しいね」

 飯島先輩はぽつりと呟く。



 ゆっくり座ってくつろぐこともせず、先輩はさっそく、ごそごそと袋の中身を取り出す。

「じゃん!」

 両手で抱えるは、黒光りする電子機器。

「ハッパですか。懐かしいですね」

 ナンテンヨーがゲーム機業界で、一躍知名度を上げた傑作機だ。僕も小学生の時、買ってもらった。実家にあったゲーム機は、接触不良でソフトを読み取らなくなったので処分してしまったが。

「先輩、物持ちがいいんですね」

「へっへ~ 中学生の時買ってもらってから、大事に大事に使ってたからね」

 購入してから十年くらい。それならなんとか機能を保てるか。マニアに売れば、けっこうな値がつくかもしれない。

「さっそくやろうぜ」

「その前に何か飲んで、一息つきましょうよ。先輩が来るからいろいろ用意したんです。午後ティーのミルク、レモン。アップルジュース、オレンジ、ミックスフルーツ」

「あっ、私あんまりミックスって飲んだことない。それちょーだい」

「はいはい。分かりました」



 僕がコップに注いだジュースを先輩はぐいっと一気に飲み干し「やろうぜ」と再び誘ってくる。ゆっくりまったりくつろぐことができない性分のようだ。

 仕方ないので僕も急いで飲み終えて、一緒にゲーム機をセッティングする。

 先輩が持ってきたゲームカセットは五つ。そのどれもが続編が何本も作られている人気シリーズの初代ソフトだ。

 その中で僕たちは、超有名格闘ゲーム「大乱闘クラッシュファミリーズ」を選んだ。漫画、アニメなどの人気キャラクターが一堂に会する、夢のはちゃめちゃオールスターバトルゲームだ。僕たちは二人とも手慣れた手つきでコントローラーを操作して、スタート画面からキャラクター選択画面に移動する。

 僕が選択したキャラクターは大地の精霊、まん丸なコケット。植物のコケをモチーフにしているくせに、機敏に動き隙が少ない。軽量級の体から分かる通り一撃は重くないが、細かくダメージを蓄積させ手数で勝負するタイプだ。

 一方、飯島先輩は、

「『ネツ』を選びますか。玄人くろうとですね」

「ふっふっふ。分かる?」

 身も心も猛る暴発少年ネツ。最大の特徴は炎を発生させ、自分の体にぶつけて自爆攻撃を繰り出す。その攻撃力は段違いだが、命中しなければ自分が焼け焦げるだけだ。上級者向けのキャラクターである。

 この初代ではネツ君はあまりにも強力すぎて、僕が今遊んでいる続編ではバランス調整が入って、かなり弱体化した。しかし、自爆に巻き込まれた時の初代ネツの凶悪さは身に染みている。

 バトルはまずはNPCなしの1vs1。ライフは三つ(相手を三回やっつけたら勝負あり)バトルフィールドはランダムで平坦な地形が多い城ステージに決まった。正直キャラクターの性質を熟知していれば、どのフィールドでも関係ない。

(まずは小手調べといきますか)

 相手も同じことを考えていたらしく、距離を縮めて接近戦が始まる。

(おりゃりゃりゃりゃ!!!)

 胸の内だけで威勢のいい掛け声でラッシュをかける。

「とりゃりゃりゃりゃ!!!」

 先輩は声に出して、気合のこもった攻撃を繰り出してきた……

 カキーーーーーン。金属的な音がして、画面が光る。お互いの攻撃がまったく同時にヒットした時のエフェクトだ。

「む」

「ふんっ」

 カチャカチャ、コントローラーを操作する。

 カキーーーーーン。

 再び光るエフェクト。

 その後も鍔迫つばぜり合いが続くが、お互いにたいしたダメージが計測されない。つまり単純な腕前は互角ということになる。

 ならばキャラの性能を使いこなせるかが勝敗を分ける。

 僕のコケットはふわふわ浮かんで攻撃を誘い、変則的な動きを生かして回避からのヒットアンドアウェイ。先輩のネツに細かいダメージが積み重ねる。彼女はちまちましたのは嫌いらしく、しびれを切らして逆襲の自爆特攻を繰り返してくる。避けるのは簡単のはずだが、二回もうまく当たってしまう。動きを予測して、先読みするのが恐ろしくうまい。

 それでもなんとか相手を先に場外に弾き飛ばし、残機を一つ減らす。

 その後、疲弊した一機目のコケットは簡単にやられるが、最初に奪ったリードを明け渡さない。この戦法がセオリーで最も勝率が高い。制限時間の五分まで逃げ切ることもできるが、限られたスペースを攻撃を受けずに動き回るのはとても難しい。結局、お互いに一つずつライフを削る一進一退の末、勝敗が決した。

「ううっ…… 負けた……」

 勝った。

 初めて、初めて飯島先輩に勝った。

 感動の余韻に浸る。先輩の床ゴロゴロも気にならない。

 嘘だ。

 のら猫に僕の縄張りをマーキングされているようで、めちゃくちゃ気になるがとりあえず放っておく。

「もう一回! もう一回!」

「ふっ、望むところです」

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