お家デート(失踪)


 勝った負けたを繰り返し、1on1に飽きた後は、NPC(最強のLv10に設定)を混ぜて六名でのバトルロワイアルをまた繰り返した。

 ちなみに先輩は家では、自分以外すべてNPCとの対戦を延々と楽しんでいたらしい。不憫ふびんだ。弟の海斗はゲームが好きではないそうだ。不憫だ。まあ、僕もNPCだけ対戦はやってたから人のことは言えないが。

 やがてそれも疲れてきて、18時を過ぎる頃には二人とも自然にコントローラーを放り出した。

 夕食には冷豚しゃぶを用意した。さっぱりしているが食べ応えがあって、ごまだれドレッシングが食をそそる一品だ。肉と一緒に野菜もたくさん食べられるので、先輩も喜んでくれた。

「先輩、そろそろ……」

「ん?」

「いい時間ですから、帰った方が」

「帰らないよ?」

「は?」

 彼女は、さも当然という顔をする。

「そのつもりでお泊りセット持ってきたから」

 恐ろしいことに先輩が持っていたもう一つの紙袋の底からバスタオル、歯ブラシ、洗顔セットなどが出現する。

「いやいや、親御さんが許さないでしょう」

 しかし、先輩は間髪入れずスマホを取り出して、自宅を呼び出す。

「あ、お母さん? 今日、月路クンのお家泊まるから。そう、この前のカレ」

 電話の向こう側ではお母さまが、わあわあ騒いでいた。

 当然だろう。

 一人娘がいきなり男の家に泊まると言い出したのだ。

「大丈夫だって、カレ誠実な人だし。無理やり押し倒すような野蛮な人じゃないし。あ~もう、うるさいっ。そーゆーことだからっ 切るね!」

 びっしとVサイン。

「何にも問題ナシ」

「……」

 これはつまりあれだ。

 今夜、僕の中の男が試されている。

 しかしこの場合、何もしないのと手を出すのでは、女性に対してどっちが失礼に当たるのだろう。



 僕があれこれ悩みながら皿を洗っている間、先輩は適当にテレビのチャンネルをいじる。

「あ、これ。今、話題になってるね」

 彼女がチャンネルを止めたのは、民放のドキュメンタリー番組だった。

「長いと見る気なくなるけど、え~と」

 先輩は「新聞見せて」と言ってくるが、僕は新聞を取っていない。

「大学生がそれで大丈夫?」

 大学生に月三千円の出費は痛いんです。

「じゃあ番組表で…… 一時間か。これにしよう」

 ちょうど番組が始まる時間までに皿を片づけ終わった僕を、彼女は「おいでおいで」と手招きして、隣に座らせる。

 僕は30㎝くらい間隔を開けて座る。先輩は少しむっとした顔ですり寄ってくるが、ぴったりくっつく距離までは来なかった。

 傍から見れば若夫婦のように、二人で仲良く画面に見入る。



 番組ではここ数カ月に急激な増加を見せる失踪者を特集していた。

 正直、入手した情報がやたらめったら詰め込まれて、理解させようという心遣いが感じられない番組の作りだったが、述べられた事実を要約すると、

・個々の失踪者たちに面識はない。

・事故や事件性は見当たらないケースが多い。

・遺書や書置きなど、失踪の手掛かりになるものは残されていない。

・失踪直前の当事者の行動に、不自然な点は見られない。

・失踪は数年前から増えつつあったが、特に最近異様な増加傾向にある。

・中、高、大学生から20、30年代の若年層が多い統計が出ている。

・家庭が経済的に貧しかったり、家族関係がうまくいってなかったり、問題を抱える人が一定数含まれる。

 こんなところだ。

「問題がない人生を送っている人なんていないのにね。そういう意味じゃ、私たちも他人事じゃないのかな」

 さらに、当事者の中には不登校や心の不調、病気を抱えている人も多かったという。

 断片的な事実を並べただけで、番組内では結論を出すことはなかった。ふわふわした、いかにも話題性だけの民放番組だった。




 番組が終わりCMが流れる。

 興味を失った先輩はテレビのスイッチを消して、ゴロンと仰向けになる。

「ん」

 手でパンパンと促されて、僕も仕方なく横になると、今度はぴったり密着する距離まで体を寄せてくる。

 最初に会った時と同じシャンプーの香りが漂ってくる。

 そっと手を握ってくる。最初は指先をちょんと触ってまた離れて、次はおっかなびっくりでもしっかり指を絡めて。


 どくんどくんどくんどくん。


 心臓がうるさい。少し黙ってろ。

「あの人たちは、」

「はひっ」

 急に話しかけられて、変な声が出てしまう。

 けれど先輩は気にせず言葉を紡ぐ。



 あの人たちは、誰かに無理やり連れ去られたのかな。

 さようならを言うことも許されずに。

 それとも自分で決断していなくなったのかな。

 さようならを言うことを必要とせずに。

「君はこの世から消えたいと思ったことはある?」

 答えにくい質問だった。しかし明快な答えは持っていた。

「……あります」

「生きていることが恥ずかしいと思ったことは?」

「……あります」

「私もある。何度も、何度も思った。でもそれは許されない。自分で許せない。みんな困ってしまうから。私が消えると悲しむ家族がいるから」

 そこまで言って、彼女は少しだけ話題の方向を変える。

「なんで私たちは生まれてしまったんだろう」

 なんの意味、理由があって。

 よりによってこの時代に。

 何の因果がか人間として。

 世界何十億の内の一億数千人の日本人として。

 私は女として。君は男として。

「苦しいよ……」

 ただ一言。

 その絞りだしたただ一言に、弱い人間の、宇宙のよりも重い、生の苦しみが凝縮されている。

 生きることは苦しいこと。

 心の弱い僕たちは日々、少しでも苦しみを和らげたいと願いつつ死なないでいる。

「生命の誕生は、それすなわち死へのカウントダウンの始まりとも言うよね。生きることは壮大な時間の無駄遣い。最高の暇つぶし。なら、生きているうちにできるだけ多くの快楽を得たい。辛いこと、面倒なことはやりたくない」

 自然なことでしょう?

「私が知らない快楽がある。一人でできることは大体やってきた。一人ではできない、君とならできることがある。……それとも君は経験ある?」

「ないです……」

 僕たちは、至近距離で見つめあう。

「大事なものらしい。そう易々と捧げてはいけないらしい。私には他の大切なものと大切さはそう変わりないと思うけど」

 軽々しく彼女の唇が言葉を紡ぐ。

「私は君とならいいと思ってる」

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