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 いろいろやった。本当に、いろいろやった。



 脅迫状きょうはくじょうを作ってみた。

「わが身可愛さに保身に走り、口先だけ聞こえのいいことを喋繰しゃべくりまわす。裏では国民を馬鹿の集団と蔑視べっしし、不正も汚職もやりたい放題。もう国民の我慢は限界だ。我々、心の○○団はお前のみにくい心のオタ〇ラを、いや、命を頂戴ちょうだいすることにした。せいぜい震えあがって、首を洗って待っているがいい」

「いや、○○団は、命を頂戴したら失格でしょう」

「命を頂戴することにした」

「いや、だから」

 結局、送らなかった。

 こんな悪戯いたずらレベルの脅迫状でも、万が一、警察が本気に取ったら、最悪逮捕されてしまう。

 僕が手元で握り潰した。

「ポストに投函とうかんしておきますよ」

「うん、ありがと~」

 人見知りで人嫌いのくせに、案外、人を疑うことない彼女。

 共犯者だから気を許しているのか。

 責任を持って、「共犯」として焼却処分した。



 毒物の入手も試みた。

「二種類の洗剤を混ぜると、有毒ガスが……」

「先輩! ストップ! 部屋の中で実演したら、マジで死にますから!」

 実行場所、東京に行ってから、試すように説得した。



 首相の日常を観察し、行動のパターン化をしようということになった。

 具体的には新聞の「首相一日動向」を二週間ほど、チェックしてみた。

「ふわあ。毎日、毎日、いろんな場所でいろんな人に会ってるねえ。一日平均、30人ってとこ? 私だったら、初日でリタイアだよ」

「まったく規則性がないですね…… 家でおとなしくしてくれれば、簡単なのに」


 そもそも総理に接近できる立場の人っていうのはなんだろう。

「官邸付記者じゃないかな」

「記者にはどうやってなるんでしょう」

「東大、京大クラスの大学の中の、エリートが採用されるんじゃないかな」

「僕らみたいな中途半端な学歴では無理ですね」




 子供じみた暗殺ごっこに付き合った。

 本当に子共の遊びだ。

 こんなことをしていて、暗殺なんかできるはずないのに。

 どこかであざける自分がいた。





 何かアクションを起こすたびに、彼女がいろいろ話し、僕はいろいろ聞いた。

 会話ではない。議論ではない。

 僕は自分の意見を人に押し付けること(これを多くの人は主張と呼ぶ)が不得意で、反論が怖くてたいしたことは言えなかった。

 彼女が言いたいことを言いきって、すっきりすることを望んでいた。

 実際、会った日の終わり頃には、彼女はき物が取れた表情で帰っていく。

 僕は彼女のガス抜きになっていた。

 あくまでガス抜き、だ。

 根本的な問題は取り除かれていない。

 対症療法が破綻はたんする日は、いつか訪れる。

 ガスがまりすぎて、抜くのが追い付かなくて、「ぱあん」と弾ける日は、原因が取り除かれてないなら、必ずやってくる。

 問題は、それがいつなのか。

 一週間後か、一か月後か。

 一年後か、数年後か。

 何十年後なら別にいい。


 そんなに後のことなら、僕の人生から彼女はきっと逃げ出しているだろう。

 だって、僕の人生は退屈だから。

 好奇心旺盛おうせいな彼女が、なぜこんなに長く、僕に付き合ってくれたのか、まるで分からない。

 まるで分からないが、まあ別にいい。そうなってしまえば、僕には彼女の抱える問題に対しての、責任を感じる必要がなくなるのだから。




 そもそもいったい、彼女の中で何が問題になっているのか、僕には分からない。

 彼女も完全には分かっていない。

 きっと彼女を苦しめる問題は、世間では問題としてカウントされていないのだ。

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