すみません。もう一度



 望んでもいないのに、美味しい料理を作った罪で、祖母と孫に身をゆだねられかねないピンチにおちいっているイラークだったが。


 洞穴の方を見ながら、冷静に祖母に問うていた。


「貴女は主人であるマダムヴィオレの気配に引っ張られ、地下に転移し、そこから来られたのでは?」


 祖母は少し考え、

「そうね。

 そうだったのかもしれないね。


 あのまま下に向かっていけば、マダムヴィオレ様にお会いできたのかも」

と言う。


「おばあちゃん、その扉はっ?

 そのまま開けてきたっ?」


 アキは急いで訊き、イラークたちと洞穴に行ってみたが、行き止まりの岩戸は閉まったままだった。


 あ~、と声を上げるアキたちにイラークは言う。


「いや、当初の予定通り、正当な方法で降りればいいだけだろうが」


 いや、そうなんですけどね~、とアキは苦笑いする。


「さっきまで開いてたのに、真実の名とか使って開けろとか言われても」


 なにか損した気分ですよとアキは言った。




 立っているだけで岩肌の冷たさを感じる洞穴の入り口。


「料理と共に此処に立ち、おのれの血で岩戸に真実の名を刻め」


 そうアキはイラークに言われる。


「え? 岩戸になにで?」


「おのれの血で」


 ……ち?


 一瞬、『ち』ってなにかな? と思ってしまった。


 軽い現実逃避だ。


「指先でも切ればいいじゃないか。

 さっさと……」


「えっ、いやで……」


 イラークとアキが話している最中に、もう祖母が何処からか出してきた安全ピンで、アキの右の人差し指を突いていた。


「いたーっ」


「注射と一緒だよ、アキ。

 やられる痛みは一瞬でたいしたことないのに、待っている時間が地獄なんだよ。


 だったら、待つ前にやった方がいいでしょうが」


 いや、理屈の上ではそうなんですけどね~……。


「ほら、血が止まる前に書け」

とイラークに言われ、また刺されてはと焦ったアキは慌てて岩戸におのれの名を記した。


 ア・キ・ノ


 それを見た祖母が唸る。


「うーむ。

 紛れもないマダムヴィオレ様の娘だな」


「やはり、ノは読めませんね」


 祖母と王子がアキのミミズののたくったような字を見ながら言ってくる。


「よし、アキの側にイノシシを抱えて立て、王子」


 え、と王子がイラークを見る。


「そんなにぞろぞろ入れない。

 イノシシを抱えていれば、もうひとりくらい行けるだろう。


 さあ、王子。

 アキ……ノを守れ」


 イラークは呼びかけようとして岩戸に書かれたアキの文字を見てしまったようだ。


 やはり、ノがただの棒かなにかのように見えるらしく、途中で名前を呼ぶのが止まっていた。




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