部下ですが、ちょっと嫌味を言ってやりました



「昨夜はずいぶん遅くにおやすみだったのですね」


 森を見下ろせる庭園での朝食の席。


 寒いくらい涼やかな風が吹き渡る中、王子とアキを窺うように見ながら、ラロック中尉が涼やかでも爽やかでもない声で言ってきた。


 ふたりとも寝不足そうだったからだろう。


「まあ、新婚みたいなものですからね」

という言葉に、なにやらトゲがある。


 いやいや、そんないいものではない、と王子は思ったが、負け惜しみのような気持ちで言わなかった。


 アキの方は寝不足でぼんやりして反論しなかったようだ。


 まあ、ぼんやりしているわりには、朝食はしっかりと食べているようだったが……。




 なにやら面白くないな。


 ラロック中尉は出発の準備に抜かりがないが、チェックして歩きながら思っていた。


 ふと見ると、アキがヴィラにカーテンがわりに下がっている薄布を開け、森の方を眺めている。


 ふわりとその柔らかな布が風に巻き上がり、アキの身体にまとわりつく。


 まるで、神話の女神の衣のように見えた。


 ……美しい。


 外見は……。


 うっかり、そんなことを思ってしまったが、慌てて気持ちを切り替える。


「アンブリッジローズ様。


 なにしてらっしゃるんですか。

 お支度は整われましたか」


 宿の使用人たちも、すでに客の出発したヴィラを片付けるため、庭先をウロウロしている。


 いつものように、アキを頭ごなしに怒鳴りつけたりしないよう、注意した。


 偽物ではあるが、王子の妃となる娘だからだ。


 魔術の探究にはまるアンブリッジローズはこの先もあの塔から出てくることはないだろう。


 ならば、この娘が本物のアンブリッジローズであるのと同じことだ。


「ああ、ごめんなさい。

 ちょっと眠くて、ぼんやりして」

とこちらに気づき、アキは苦笑いして言ってきた。


「王子が一晩中、くだらない話をするものだから」


 一晩中……?


 話していただけなのか?


 ……そうか。


 そうか、と何故か、ホッとする。


 そうだよな。

 あのオクテな王子だもんな。


「アンブリッジローズ、そこで待っていろ。


 ……いや、待っていてください。


 今すぐ、本日の御衣装をご用意致しますから」


「えっ? いいわよ、これで」

とアキは今着ている、ラベンダー色のふんわりした袖のドレスを見下ろして言ってくるが、


「いえいえ。

 王子妃様が同じドレスを何度もお召しになると、我が国の財政状況を疑われますから」

と答えた。


「そうなの?

 めんどくさいわね~」

とアキは眉をひそめていたが、ラロック中尉は思っていた。


 今朝の彼女にふさわしいドレスを出してやらねばと。


 美しい衣で、彼女の魅力を引き出してやれるのは私しか居ないのだから。


 そう。


 それができるのは、王子ではなく、私だけなのだから――。




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