ミイラ三体分、離れているのに
うむ。
距離があっても緊張するようだ、と王子は思っていた。
ミイラ三体分、離れているのだが、そこに彼女が寝ていると思うだけで、なんだか眠れない。
アキではなく、アンブリッジローズと呼べと彼女は言うが。
その名で呼ぶ限り、ずっと偽の夫婦のような気がして。
「ア……」
アキ、と呼ぼうとしてやめた。
薄く月明かりの差し込む中、こちらを振り向き、横たわるアキに見つめられたら、なにもしないでいる自信はない。
アキはなんだかんだで美しい。
このなんだかんだがいろいろ問題ではあるのだが。
無心になって寝よう、と思ったが、どうにも寝られないので、王子はふと、さっきアキが言っていたポーズをとってみた。
まだ寝てはいなかったらしいアキが目を開け、こちらを見て言う。
「……なにしてるんですか、王子」
「いや、眠れないので、ちょっとミイラになってみた」
胸の前で腕をクロスさせたまま言うと、
「王族の方がそのポーズをとると、なんだか洒落にならないのでやめてください」
とアキは言う。
「お前も眠れないのか」
「いや、寝れそうだったんですけど。
貴方がごそごそしているので、気になって」
「そうか。
それは悪かったな」
と謝ると、
「いえ、なにかつまらない話でもしましょうか?」
とアキが唐突に言ってきた。
「何故、俺がつまらない話を聞きたがると思う……」
「いえいえ。
眠くなっていいかなあと」
美しい部屋の美しいベッドで、アキはそんなマヌケなことを言ってくる。
よくわからない女だが、なんだか飽きないし落ち着くな、と思っていると、アキが語り出した。
「この間、会社で古いデータを探していたら、ほんとうに古くて。
なんと8インチのフロッピーだったんですよ。
どうしろって言うんですか、これ、と思っていたら、システムの人が、ひょいと出してきたんですよ、8インチのフロッピーが入る機械を。
どんな物持ちのいい会社だって話ですよね」
「……なんだ、その話は」
「いえ、王子には職場の話はわからないだろうから、つまらなくていいかなと思って」
「わからなさすぎて、妄想がふくらんで眠くならないんだが」
と言うと、アキは困った人ですね、という顔をする。
じゃあ、とまた、つまらぬ話をはじめた。
「そういえば、この間、古い手帳見てたら、
『おばあちゃん 海老』って書いてあったんですよ。
おばあちゃん好きだっけ? 海老、って思ったんですけど。
よく見たら、海老じゃなくて、敬老だったんですよね」
「……いい加減、海老から離れろ」
そして、意味がわからん、と王子は言う。
うーむ。
漢字の話だからわからなくて、つまらないだろうと思ったんだが。
どのちみ眠れないようだ。
そう思いながら、アキは王子を見ていた。
しかし、眠れないのは困るよな。
明日も長時間移動するのに辛いだろう、とアキは王子が眠れる話はないか、と考えてみる。
眠れないときは羊を数えるといいというが。
……羊、いるのだろうかな、この世界に。
まあ、鴨とかいるからいるんだろうな。
でも、少なくとも私は羊数えて寝られたことないんだけど。
そういえば、さっき王子、ミイラのポーズをとってたけど。
寝られるのだろうかな、あれ。
もしや、よく眠れるから死者であるミイラがあのポーズなのだろうか……?
などとアキが考えている間、王子は天井を見つめていた。
カーテン越しの月明かりがベッドサイドにあるガラスの水差しに反射して、天井に映る。
少し風があるのか、その光はゆらゆらと揺れていた。
その美しい光の波を見ながら王子は言う。
「アキ。
お前といると、しょうもないことばかり起きるし。
王子妃として、どうかなとも思うんだが。
お前が阿呆なことをして、呆れながらも一緒に笑ってしまうときなんか。
こいつと一生一緒にいてもいいかなとか思ってしまうんだ……。
なんでだろうな。
別にお前をすごく好きとかそういうわけでもない気がするのに。
だってまだ会ったばっかりじゃないか。
なあ、アキ。
ア……」
振り向いたそこには、ミイラのポーズで眠っているアキがいた。
「起きろーっ」
えっ? はっ?
と言いながら、アキが飛び起きる。
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