ただいま警戒中です



 ヴィラの寝室には、湯殿を覆っていたのと同じような薄布で覆われた天蓋つきの広いベッド。


 ……が、ひとつ。


「こんな立派な宿なのに、ベッドがひとつとかショボイですね」

と腕を組んでそのベッドを見つめ、アキは言う。


 王子とアキは同じヴィラなのだが。


 この広いヴィラに何故かベッドはひとつ。


 いや、かなり大きくはあるのだが。


「じゃあ、私はソファで寝ます」


「それは暗に俺にソファで寝ろと言っているのか」


 お前をソファで寝かせるわけないだろう、と王子に言われる。


「いえ、王子をソファで寝かせたら、私のクビが飛びます」

と言ったが、


「妻をソファで寝かせたら、俺が母上にクビをはねられる」

と王子は言う。


 会ったことはないが、いい姑さんのようだ。


 もしかしたら、自分が夫か姑に虐げられていて。


 それで気を利かせて息子にいろいろ言い含めてくれているのかもしれないが。


「俺と寝るのが嫌なら、端と端に離れて寝たらどうだ」


 王子がそう渋い顔で言ってくる。


「あ、そ、そうですねっ。

 五人くらい寝られそうなベッドですしね」

と思わず言って、


「……此処にどう五人寝られるんだ」

と言われてしまう。


「えーと、ミイラみたいになって……?」


 アキの頭の中では、胸の前で両腕をクロスさせ、包帯でぐるぐる巻きになったアキ、ラロック中尉、アンブリッジローズ、湖の女神、王子がベッドにぎっちり並んで寝ていた。


「……ミイラってなんだ」


「この世界、ミイラないんですね。

 こういう奴です」

とアキは今の妄想と同じポースを取ってみせる。


「こうか」

と王子もやってみていた。


 今、この瞬間、この人をぐるぐる巻きにすれば、すべて解決するのでは、と思ったが、さすがは王子。


 なにかの気配を察したようにクロスさせた腕をほどいて逃げた。


「……なんだかわからないが、今、られそうな気がした」

と呟く。


 そうですね。

 なんだかわかりませんが、今、殺りそうになりました。


「……まあいい。

 とりあえず、寝よう」


「……そうですね」


 二人はまだ警戒し合いながら、じりじりとベッドのあちらとこちらで移動する。


 アキは襲われないだろうか、と思いながら。


 王子は、殺られないだろうか、と警戒しながら。


 二人とも、すり足で移動しながら、せーのでベッドの端に腰掛ける。


 そんな間抜けな感じにベッドに乗ったのだが。


 やはり、寝所で一緒というのは恥ずかしい。


 二人とも、なんとなく俯いてしまった。


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