じゃあ、褒美をください



「どうして突然、そんな愉快な名前になったんだ……」


 ガゼボの白い椅子にアキが座ると、隣から小声で王子がそう訊いてくる。


「いや~、それが突然、アンブリッジローズ様が現れて」


 機嫌よく呑んでいる王の相手は後からやってきたラロックがしてくれていた。


 何故かチラチラこちらを見ているラロックの前で、説明を聞いた王子は、うーん、と唸る。


「本名に戻るならまだしも、突然、妙な名前になられてもな。

 っていうか、これから行く先々でなにごとかあるたび、名前が変わりそうで怖いな。


 仕方がない。

 俺がアンブリッジローズ様に、元の名に戻してくれるよう、頼んでやろう」

と王子は言ってくれるが、


「でも、またアンブリッジローズ様の塔まで戻ったら、今度こそ王様に叱られますよ」

とアキは言った。


 それに、あの花嫁のれんのあるアンブリッジローズの塔はアキにとってはこの世界の始まりの地だし。


 双六のふりだしに戻るようなものだ。


 だが王子は言う。


「とりあえず、財宝をのせた馬車だけ送っておくさ。

 俺たちは婚前旅行に出たことにすればいい。


 ……なにも甘い雰囲気のない旅行が続いているがな」


 そう軽く嫌味までかまされた。


 二人でそんな話をしている間に王が消えたと思ったら、衣装を替えて戻ってきた。


 ラロックが魔法の箱から出したもののようだ。


 新しい王の装束は、ゴテゴテとした如何いかにも王様らしい飾りは取り払われ、ずいぶんとシンプルなデザインになっていた。


 それでいて、質のいい光沢のある生地で服もマントも作ってあるので、前より見栄えがいい。


 なによりこの王様に似合っている。


 王冠もどっしりとした古臭いものではなく、すっきりと軽い感じだ。


 装飾の宝石は真ん中にどん、とあるのではなく、小さいものが幾つも散りばめられていて、カッティングがいいのか、太陽の光にキラキラとよく輝く。


「うむ。

 動きやすい。


 今すぐ、薪でも割れそうだ」


 いや、王様……と思ったが、どうもそういう暮らしの方が性に合っているようだった。


「素晴らしいな。

 ありがとう、ラロック中尉。


 王子、そして、アンブリッ……タイガー・テールよ」


 言い直さなくて結構です。


「なにか礼をしなければな。

 ラロック中尉。


 本当にありがとう。

 なんでも欲しいものを言うがいい。


 今、一番、お前が欲しいものはなんだ」

と王様は上機嫌だ。


「……一番欲しいものですか」

と呟いたラロック中尉が何故かこちらを見た。


 それに気づいたようにアントンが言う。


「いやいや。

 彼女はあげられないぞ。


 我が国のものではないからな」


 いや、そもそも私、物ではないんですけど……。


 そして、褒美に下賜かしされるほどの美女でもないんですけど、と思うアキの前で、ラロックが、


「でも、略奪したのですから、もう貴方のものでは?」

とアントンに向かって言い出した。


 こら待て、と思うアキの横で、王子が、

「血迷うな、ラロック」

と冷ややかに親友を見る。


 そうそう。

 女性はモノじゃありませんよ、と思ったのだが、王子が言いたいのは別のことだったらしい。


「こんな女の何処がいいのだ」

とふたたび、言い出した。


 本気で疑問そうだ。


 だからですね~。

 貴方の中の私の評価が一番低くないですかと言ってるんですよーっ、

と思うアキを振り向き、王子は、


「いや、俺以外の誰にも価値のない女ならいいなと思っているだけだ。

 他の男に奪われなくていいから」

と言ってきた。


 ちょっと照れながらも、アキは思っていた。


 いや、そんな女を好きでいいんですか、貴方は、と。


 王子はラロックを見据えて訊く。


「だいたい、何故、急にアンブ……タイガー・テールを好きになったのだ」


 いや、だから、言い換えなくていいです、と思っている間に、ラロックが、


「なんとなくです」

と言い出した。


「なんとなくか……」


「王子はいつから何故、アンブリッジローズ様を好きになられたんですか」


 そう逆に問われ、王子は、うーん、と唸り、

「……いつからなんだろうな。

 そして、何故なんだろうな。


 なんとなくだな、なんとなく」

と呟いている。


 私が今、此処にいる意味も。


 彼らが私を争っている意味もよくわからなくなってきた、と思いながら、とりあえず、目の前に美しく盛られている果物を食べてみた。


 意外に酒と合う、と思いながら。



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