王子がフリーズしました


「明日、此処を出立して引き返そう」


 アキの部屋で、王子はそう言ってきた。


 アンブリッジローズの塔にやはり戻るつもりのようだった。


「いいんですよ、王子。

 私はもうタイガー・テールで」


「いや、愛を囁く名前が毎度変わるのは困る」

と言うので、


「囁かれたこと、ありませんけど」

と言い返してみた。


 王子は一瞬黙ったあとで、


「これから囁く予定なのだ」

と強がりを言ってきた。


 この人の性格からいって、なかなかそのような日は来そうにないんだが、と思いながらも、気長に待つことにした。


 ……いやいや、待つって。


 私も王子を好きとかいうわけではないんですけどね、とアキが心の中で弁解していると、王子は、


「ところで、ラロックを宝石につけて国に送り返そうと思うんだが」

と友人を物のように言い出した。


「いいのですか。

 王子の親友でしょう?」


「人の嫁をかっさらおうとするような奴は親友じゃないと思うぞ。

 というか、ラロックとは長い付き合いだ。


 お前ごときを争って、仲違いしたくない」


 あなたさっき、愛を囁くつもりだと言ったはずですが。


 いつも通りのつれない罵りの言葉が始まりましたよ……。


「美女ぞろいのうちの宮殿に戻れば、ラロックの目も覚めるのではないかと思うのだ」


「……その理屈に従って考えると、宮殿に戻ったら、あなたの目も覚めてしまうんではないですかね?」


 いやいや、俺はそんなことはないぞ、と言う王子を見ながら、アキは少し考え、言った。


「でも、ラロック中尉を送り返されるのは困ります。

 私はラロック中尉がいなければこの世界では生きていけないのですから」


 王子がフリーズした。


 フリーズドライの技はまだかけていないはずなのに。


「だって、中尉がいないと、私じゃ服が出せないんですよ」

と眉をひそめて言ったが、


「……買ってこい」

とすげなく返された。




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