王子、なにか御用ですか


「王子、なにか御用ですか」


 そうアキが布越しに問うと、


「御用があるから来たのだ」

と王子はハリのある声で堂々と言い返してくる。


 それ、女性の湯殿にやってくるほどの緊急の用なんですかね?

と湯の中で身構えていると、


「いや、夜食を用意してもらったから一緒にどうかと思って」

と王子は言ってきた。


 あ、なんだ……とホッとした瞬間、

「お前、今、凶器から手を離したろ」

と言われる。


「ええっ?

 その布、そっちからは丸見えなんじゃないですかっ」


 マジックミラーかっ、と布の向こうの王子に文句を言ったが、


「いや、見えてはいない。

 あてずっぽうだ」

と言われた。


「……恐ろしい奴だな。

 夫となる男がちょっと風呂に覗きにきたくらいで殺す気だったのか」


 そう王子が呟くのが聞こえてきたが。


 いや、その行為はわたし的には、ちょっとではない、と思いながら、アキは先程までつかんでいた白く丸い石の器を見た。


 プルメリアの花が飾られていた、かなり厚みのある鈍器だ。


 ……違った。


 器だ。


 確かにこれでの一撃は危険だったかもな、と思うアキに、王子は、


「入ってもいいか」

と問うてきた。


 なんだかんだ言いながらも、まだ布越しなのが紳士的と言えば、紳士的か。


 そう思いながらも、アキは言う。


「駄目に決まってるじゃないですか」


「わたしは夜食を持っているのだぞ」


 王子が夜食の入った器をかかげ持つのが見えた。


 まるで、それを出したら、みなが従わなければならないあの印籠のように。


 いや、貴方、私をどれだけ食べ物に弱い女だと思っているのですかと思いながらも、アキは側に畳んであった白い薄衣うすぎぬを手に取る。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」

と言いながら慌てて羽織った。


 ラロック中尉やイラークが見ていたら、

「結局、食べ物に負けるんだな」

と言われそうだったが……。




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