マダムヴィオレ
「そう。
あれもマダムヴィオレのことはよく知っているはずだ。
……というか、記憶の遠くなった私よりは知っているはずだ」
とアンブリッジローズは湖の女神のことを語る。
そ、そうだったのですか……。
そういえば、ラロック中尉が、湖の女神は貴女のことをなにかご存知だったようだ、とかなんとか言ってたっけな、と思い出す。
あれはもしや、私の母親の話だったのだろうか、と思いながらアキは言った。
「では、湖に戻ってみます」
「うむ。
達者でな」
となにかを煮ているアンブリッジローズはこちらに背を向ける。
ごぼごぼ泡立つそれはとてもいい匂いがしていたので、もしかしたら、ただの夕食だったのかもしれない。
それでは、と塔の部屋を出ようとしたアキの肩を、
「待て」
と王子がつかんだ。
「お前、此処になにしに来た?」
あ、そうだった、とようやく思い出して、アキは、えへらと笑い、アンブリッジローズに言った。
「すみません。
私の名前、アンブリッジローズに戻してください」
「……気に入っているのなら別にいいが。
あちこちで評判を上げて歩くなよ。
求婚者が増えるから。
かと言って、下げて歩くなよ。
戦争になったら困るから」
いや、戦争になるほど下げられると思っているのですか、と思ったのだが、横から王子が、
「あちこちで、フリーズドライとリバースを繰り返してたら、なにかの最終兵器かと思われて、我が国が攻撃を受けるかもしれないけどな」
と言ってくる。
それを聞いたアンブリッジローズが、
「なんだその、フリーズドライとリバースというのは」
と突っ込んで訊いてきた。
「海老とかを乾燥させて長持ちさせるものですよ」
「何故、そこでまた海老」
と王子が呟くのが聞こえてきた。
「ほう。
お前は面白い技を使うな。
分析したい。
ちょっと私にかけてみよ」
そうアンブリッジローズは言うが。
「……フリーズドライはまずいですよね」
「すでにフリーズドライになってますからね」
とラロック中尉とひそひそと語り合う。
「では」
とアキはアンブリッジローズに向かい、手を伸ばした。
「リバース!」
一瞬、目の覚めるような、そこにいるだけで辺りに芳香漂うような可憐な美女が現れて消えた。
あっという間に、いつものアンブリッジローズに戻る。
だが、本人は一瞬、取り戻した美貌より違うところが気になったようで。
「今、一瞬、莫迦になった気がする。
詰め込んだ知識が吹っ飛んでいた。
恐ろしいな、若さというのは」
と呟いていた。
無事名前を取り戻し、塔から下りながら、王子が言ってきた。
「……1000年かけてドライされたものは、お前の術くらいでは戻らないようだな」
ラロックが後ろで、
「私はあの美女が1000年でああなることが恐ろしいです」
1000年の重みをいにしえの建造物などを見るより感じました……と呟いていた。
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