ガラケーが落ちている



 少し走ったところで、アキは王子に言ってみた。


「あのー、戻るのなら、イラーク様の宿に行ってみたいんですけど」


「……より遅くなるだろうが」

と言ったが、なんだかんだで甘い王子はイラークの宿に寄ってくれた。


 宿の前で馬を降りながら、アキは礼を言う。


「ありがとうございます。

 あの仔ウサギのことが気になっていたんです」


「イラークに食べられてないかと思ってか」

と笑いながら、王子は宿の扉を開けた。


 入ってすぐの食堂にいた、トレーを手にした巨大なウサギが振り返る。


 目が合った。


 王子がパタンと扉を閉める。


「どうしたんです?」

と後ろからラロックが訊いてきた。


 アキと王子は目を見合わせ、二人で、せーの、と開けてみた。


 見間違いではない。


 巨大なウサギが働いている。


 ビールを片手に三つずつ持ってテーブルに運んでいた。


 働き者だ。


 ぱたん……とまた王子が扉を閉めた。


 が、今度はすぐに扉が開く。


「待て。

 なんで閉める」

 イラークが顔を出してきた。


「イ、イラーク様……。

 今のは一体」


 アキの横から機嫌悪く王子が言ってくる。


「だから、何故、俺がちょっと呼び捨てっぽくて、イラークはイラーク様なんだ」


 ラロックだって、中尉と付いてるし、とまた文句をつけてくるので、アキは少し迷ったあとで、


「じゃあ……王子様」

と言ってみた。


 沈黙したあと、

「いや……やっぱりいい」

と王子は言ってくる。


 そうだな。

 私もなんか違和感があった、とアキは思っていた。


 王子、なら言っても恥ずかしくないが。


 王子様って呼ぶと、急に夢見がちな乙女になった気持ちになるというか。


 星の王子様とかなんとかそんな感じがするというか。


と自分でもよくわからないことを思っていると、

 

「あ、アンブリッジローズ様」

とミカがイラークの後ろからひょいと覗いて、微笑んだ。


「いや~、実は、その名前、変わっちゃったんだけど」

 苦笑いしながらアキは、ミカの後ろから、スナイパーのような目でこちらを見ている巨大なウサギを見上げる。


「あのー、これは一体……?」


「そ、それがお客さんたちもみんな可愛がってくださって。

 葉っぱとかやってくださってたんですけど。

 今朝起きたら、ケージを突き破って巨大化してたんです」


 なにを食べたんだ、ウサギよ……。


 そして、なにがあったんだ、ウサギよ……。


 可愛かった仔ウサギは、すさんだ目をして、のっしのっしと店内を歩いている。


「……こんなに丸々としてたら、イラーク様にすぐに調理されてしまうのでは」


「莫迦。

 俺の方が食われるわ」

と言いながら、イラークは厨房に戻っていった。


「あ、そういえば、さっき、そこの森で、こんなものを拾ったんですよ」


 アキは赤いガラケーを取り出した。


「電源は入らないみたいなんですけど。

 此処、異世界の方も普通に来るみたいなんで、どなたかお知り合いのなのかなーと思って。


 充電器があれば、誰のなのかわかるかもしれないんですが。


 まあ、個人情報も入ってますからねー。

 勝手に開けるのも……」

と呟いたとき、イラークは、


「充電器か……」

と調理用の大きなナイフを手に呟いたあとで、


「あるぞ」

と言ってきた。


 ええっ? とアキは身を乗り出す。




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