なんだかんだで魔法が使えました


 おかしいな。

 夢の中で私は今、寝ようとしているようだが。


 目が覚めたら、現実に帰っているのだろうか。


 アキはまだ此処が夢の世界のような気がしていた。


 美味しいものをいっぱい食べて、気持ちよく酔ったが。


 夢の中でも本当に食べてるような感じがするときあるもんな、と思う。


 美味しい料理に理想通りの王子様。


 まあ絶対夢だな、と思いながら、アキはラロック中尉が出してくれた白いネグリジェで寝床に入った。


 目が覚めたらきっと、いつもの朝だ。


 トイレに行く暇もなく支度して、家を飛び出さなきゃいけないに違いないと思いながら。




 翌朝。

 すっきりと目覚めたら、自分の部屋の天井ではない天井が見えた。


 ……おかしいな。


 この夢はいつ覚めるんだろうな、と思いながら、アキは立ち上がり、窓の外を見る。


 建物が長く持つヨーロッパでは、今でもこんな街並みは普通にありそうだが。


 待てよ。

 そうか、実は此処、異世界じゃなくて、ヨーロッパの田舎町だったりして。


 でも、電線とかないな。


 いや、ヨーロッパでは電線の地中化工事が進んでいるというから、それでかも。


 けど、町を歩く人たちの服装がちょっと古めかしいような。


 いや、コスプレかなっ? といろいろ思ってみたが、どれも無理がある。


 そもそも、蔵ののれんをくぐったら、ヨーロッパ、というのも、どの道、意味がわからないのだが。


 そう思ったとき、誰かが木の扉をノックした。


 はい、と言うと、朝っぱらから美々びびしい王子が、


「まだそんな格好なのか。

 早く着替えろ」

と言いながら現れた。


「……究極のコスプレが現れた」

と思わず呟き、


「なんか言ったか?

 早くしろっ」

と怒鳴られる。




 着替えて食堂に下りていくと、仔うさぎに餌をやっていた王子がアキを見上げ、言ってきた。


「どうした。

 そのドレス、なかなかいいではないか」


「はあ。

 今、ラロック中尉に出してもらいました」


 ペパーミントのドレスは旅に不便でないくらいのゴージャスさで程よい。


 やはり、自分が出したドレスとでは細かい細工部分が違うな、と感心して自らのドレスを見下ろしていると、やってきたラロック中尉が言う。


「姉のドレスをイメージして出してみました」


「……今日は、母じゃないんだな」

と王子が呟いていた。


 だが、本当にアクセサリー類もドレスに合っていてセンスがいい。


「ほんと素晴らしいです。

 社畜の私にはもったいないくらいです」

と思わずもらして、


「社畜とはなんだ。

 お前の名前か」

と王子に問われる。


「違います」

「では、お前の階級を表す言葉か」


「そうではないと願いたいです……」

と言いながら、アキは壁際のテーブルの上にいた仔うさぎを見る。


「王子、餌やってたんですね」


 仔うさぎはケージの中で一心不乱にカカカカカ、とラディッシュを齧っている。


「そういえば、ピーターラビットのあれ、人参だと思ってたんですけど。

 ラディッシュなんですね」

と思わず呟いて、


「ピーターラビットとはなんだ。

 うさぎの種類か」

と問われる。


「違いますが……。

 そういえば、ピーターラビットのお父さんもパイになったんだった……」

とこの仔うさぎの今後に不安を覚えながら、屈んで可愛らしい仔うさぎを見つめた。


 だが、淡い茶色でふかふかの仔うさぎは無表情にラディッシュを齧っているだけだ。


「このカゴから出してあげたい」

と思わず呟くと、イラークが、


「出るときはパイになるときだぞ」

といい匂いの煙が立ち昇っている厨房から脅してくるが。


 ミカもこの仔うさぎを可愛がっているようなので、おそらくパイにはならないだろうと思われた。


「そういえば、此処が本当に異世界なら、こっちに来た途端、魔法が使える、とかないんですかね」

とアキは呟く。


 大きな木の器に入ったサラダを運んでいたミカが小首を傾げ、

「異世界の方で、少し使える方もいらっしゃるみたいですよ」

と言ってきた。


 そうなの? と言ったアキはキョロキョロと見回し、


「えーと……


 よしっ」

とウサギがまだ食べていなかったケージ前のキャベツに手をかざしてみる。


「……なにをしている」

と王子に問われ、


「いや、なにかどうにかならないかなと」

と曖昧に答えると、


「急に魔法が使えるとも思えんが」

と前置きしたあとで、王子は言ってきた。


「あの箱と一緒で具体的に願わなきゃ駄目なんじゃないのか?」


 ……具体的にか。


 うむ、と考え、アキはもう一度キャベツに手をかざして言った。


「よし、アンブリッジローズ様の御名みなにおいて命じる」


「人任せか」


 いや、やっぱり自分になにか力があるとは思えないからですよ、と思いながら、アキはそこまでひっつけたら物理的にどうにかなるだろ、というくらいキャベツに手を引っ付けて命じた。


「なにかどうにかなーれ」


「やっぱり具体的じゃないじゃないかっ」

と王子は叫んだが、キャベツは突然に千切りになった。


「すごいっ。

 魔法が使えたっ」


「おっ、使えるじゃないか、社畜」

とイラークが後ろから覗いて言ってくる。


 いやだから、それ、名前じゃないんですが……。


 でも、魔法が使えるってすごいぞ!

と喜んだアキは、


「よしっ」

と機嫌よく手のひらを広げ、振り向いた。


 わあああああっとみなが逃げ出す。


 どうやら、自分たちも千切りにされると思ったようだ。


「いやいや……、なんでも千切りになる魔法じゃないんじゃない?」

と呟くアキに、


「娘」

とイラークが丸玉のトマトを手のひらにのせ、突き出してきた。


「よし、アンブリッジローズ様の……」

と言いかけたとき、いきなり食堂の扉が開き、ローブを羽織った本物のアンブリッジローズがやってきた。


 カツカツ早足に歩いてきながら、イラークを見、

「久しぶりだな」

と言ったあとで、木の皿でアキの頭をはたく。


「勝手に私の力を使うなっ」


「あれっ?

 本当にアンブリッジローズ様の力が流れてきてたんですか?」


「お前と私はその名でつながっておるからな。

 というか、今はお前がアンブリッジローズだ。


 千切りくらい自分でやれっ。


 ……そのくらい恐らくできる」

と言って、アンブリッジローズは風のように去っていった。


「気の短い姫だな」

と閉まった扉を見て王子が呟いていた。


 いやだから、あの如何にも魔女っぽいおばあさんを見て、姫と呼ぶ貴方のハートがすごいなと思ってしまうのですが。


 なんだかんだで女性にやさしいのかなと思いながら、そのくらいできるというアンブリッジローズの言葉を思い出していた。


 もしや、私がアンブリッジローズの名を継いだから?


 それとも、単に手で切れるだろという意味だろうかな 、と考えながらも、


「えい」

と手のひらを広げると、イラークの手にある丸玉のトマトが綺麗に角切りにされた。


「社畜」

とイラークが肩を叩いてくる。


「いつまでも此処にいていいんだぞ」


「いや、こき使う気満々ですね……」

とアキは苦笑いしてイラークを見上げた。




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