都市伝説でよくあるアレかと……
美味しい朝食をいただいたあと、下ごしらえ要員として使われる前に、アキたち一行は逃亡していた。
「逃げるが勝ちだな。
お前がやらされたら、俺もやることになるし」
と馬上で王子は言う。
「何故ですか?
イラーク様でも、さすがに王子にやれとは言わないのでは?」
と王子の前に妙な前傾姿勢で乗っているアキは訊いた。
今日は街道を通っているので、すぐ横を他の旅人たちも歩いている。
山中と同じスピードでぶっ飛ばしていくわけにはいかないので、ゆっくりだ。
「いや、お前ひとりにやらせたら可哀想じゃないか」
意外にやさしい王子はそう言ってくれた。
ぱかぱかと王子とともに馬に揺られながら、アキは言う。
「そういえば、さっき、キャベツが千切りになったとき、ちょっと思っちゃったんですよ。
アンブリッジローズ様の
自分の名前を
「阿呆か……」
「我々の世界には、高速ババアとか、ターボばあちゃんとかって都市伝説があったんですけどね」
「殴られるぞ」
と王子が言う。
確かに危険だ。
その辺にひそんでいて、また突然殴りつけてくるかもしれない。
なにせ、魔女で姫でご長寿様だからな、とアキは思う。
魔法と権力と年の功により、なにかをどうにかして聞き耳立てていそうだ。
そう思ったとき、ぐい、と王子に首根っこを引っ張られた。
「姿勢を正せ。
馬の機嫌を損ねたら振り落とされるぞ」
その場合は王子もなのかな、と思う。
気性の荒くない馬なので、軽く首を振って、二人を振り落とすところを想像し。
転がり落ちた自分と王子の姿に、あはは、と笑う。
「……お前は平和だな」
と王子は溜息をついたようだった。
「しかし、馬が苦手なら、馬車に乗れば良いではないか」
花嫁を迎えに来た立派な馬車には立派な木箱が乗っている。
素晴らしい魔法の箱だが。
おのれのセンスを試される呪いの箱でもあるな、とアキは思った。
「いえ、ちょっと風を感じたかったので」
そうアキは言ったが、
「そのわりに、そのおっかなびっくりの姿勢はなんだ」
と言われてしまう。
「いや~、昨日、恐ろしかったんですけどね。
でも、あの風を切る感じが快感というか。
車の免許取るときに乗らされたバイクがすごく気持ちよかったのを思い出したというか」
車とかバイクとか、この世界に縁のないものを語り出すアキに、王子が言ってきた。
「そういえば、お前は異世界から来たんだったな。
ということは、なにか人と違うことができるのか」
「は?」
「なんかすごい異国の料理とか作ったりとか」
「いやあ、料理はおむすびくらいしか」
と言ったが、
「なんだ、おむすびとは」
と王子は興味を示す。
「米をですね。
あ、米ってありますか?」
「米か。
いや、私は見たことないが。
この辺り以外の地域にはあるのかもしれないな」
そうだな。
基本的な食生活はあまり変わらない気がするから、と思いながらアキは言った。
「そうですか。
では、まず稲を育てねばですね」
言いながら、えっ? そこからっ? と自分で思う。
根性なしのアキは諦めた。
「他になにか美味しいものはないのか」
「美味しいものですか。
グルメですね、王子。
ラーメンとか最高ですよ」
「では作ってみよ」
「それにはまず、修行に行かねば……
あっ、そうだ!
フライパンひとつで作れるちゃんぽんなら作れますよっ!」
スーパーで売っているあれだ。
「あ、でも、スーパーに買いに行かないと作れないな」
と呟いて、
「お前は本当になにができるのだ……」
と呆れたように王子に言われてしまう。
「お前、美しい以外になにか人より
王子はそう言ったあとで、ふと思いついたように、
「そうだ。
せっかく花嫁として来たのだから、
と言い出した。
「意外な才能があるかもしれん」
「ないです」
「あるかもしれん」
「ないです」
斜め後ろで馬に乗っていたラロック中尉が、
「初心者二人で、そんなこと言い合ってて、なにかどうにかなるんですか?
っていうか、アンブリッジローズ殿に意外な夜伽の才能があったとしても。
王子には、それが意外な才能かどうか、判断できないのでは?」
と呟いて、王子に睨まれていた。
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