あれでもなければ、それでもない


 しかし、生贄を要求するなんて、神か悪魔か。


 神という言葉に反応し、アキは荘厳な物を思い浮かべてみた。


 地下の洞穴に水晶のような大きな光る石がそびえているところを想像する。


 ……いや、鉱物じゃん。


 お父さんじゃなさそうだ。


 植物でも鉱物でもない。


 それでいて、もっとこう、親しみやすい感じのものがいいな、とアキは思う。


 地下に恐ろしいものがいて、それがおのれの父親かもしれないなどと思いたくはなかったからだ。


 そう。

 例えば、ちょっと可愛い小動物的な……


 リスの着ぐるみを着たなにかがその水晶の陰から現れた。


 ……ゆるキャラじゃん。


 皮ひっぺがしたら、おっさんが潜んでそうだ。


 どうしても、まだ見ぬ、父なんだかそうじゃないんだかわからないもののイメージが固まらないまま、ぼうっとしている間に夜も更けていった。




「アンブリッジローズ、料理人が届いたぞ」


 美しい三日月に照らされながら、アキがまだ崖下を覗いていると、背後からそんな声が聞こえてきた。


「……料理人?」


 弁当じゃなかったのかとアキが振り向くと、イラークが立っていた。


「大量に作れというから、めんどくさくなって、早馬に乗せてもらってやってきた」

と言う。


 突然のケータリングサービスに兵士たちが喜ぶ。


「ま、材料は後から届くんだが」


 森を振り返りながらイラークが言うので、

「いや、それ、イラーク様が早く来る意味ないじゃないですか」

とアキは笑って言ったのだが、イラークは真面目な顔で、


「いや、意味ならある」

と言ってきた。


「お前、地下に下りたいんだろう」


「えっ?」


「下り方を教えてやってもいい」


「え、じゃあ、地下に住む悪魔だか、神様だかに料理を運べる料理人に選ばれたのは、イラーク様だったのですか?」


 イラークの腕ならば、さもありなんという感じだと思ったのだが、その問いかけに、イラークは渋い顔をして言ってきた。


「選ばれたというか、押しつけられたというか……」

 イラークにしては歯切れが悪い。


「以前、うちの宿に来たさすらいの料理人とやらが。

 うちの料理を食べたあと、あんたなら大丈夫だ、とか言って、勝手に地下に下りる方法を教えて逃げたんだ。


 完全にめんどくさいことを押し付けられた感じだった」


「……なんか選ばれるのって、すごいことで、称号みたいなのがもらえるのかと思ってましたよ。


 『地下の王に料理を捧げられる伝説の料理人』とか」


「いや、もともとはそうだったのかもしれないが。

 もう長い間、地下からお呼びはかかっていないようなので、料理人の指名も形式的なものになっていたようだ。


 だが、自分がいつまでもその役目をになっているのもめんどくさいと思った奴が、さっさと次の奴に押し付けて逃げようとして、私を指名してきたんじゃないのか?」


 まあ、それはともかく、と崖下を見ながらイラークは言ってくる。


「地下に下りるには、料理人でなければならんのだ。

 料理を手に地下へと通じる入り口に行き、おのれの名前をそこにある石に刻まねばならないそうだ。


 ……恐らく、今のままでは、お前は下りることができないだろう」

とイラークが言うので、


「そうですねえ。

 ざく切りとフリーズドライしかできないので、料理人ではないですもんね。


 でも、今から料理人修行をしていたら、いつになることか……」

とアキは言ってみたが、


「そうではない」

とイラークは言う。


「地下へと続く道の入り口に刻むべき名前とは、生まれたときに定められた魂の名前のことだ」


「ああ、アンブリッジローズでは駄目ということですか」


 アキは軽く言ったが、イラークは、もう一度、

「そうではない」

と言った。


「お前は自分のほんとうの名前をまだ知らない」


「え……」





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