わたしの名は……
お前は自分のほんとうの名前を知らないとか。
おのれ自身を知らないと言われたようで怖いんですが……と思いながら、アキはイラークに訊いてみた。
「それって、どういう意味ですか?」
「王子はお前のことをアキと呼んでいたが、お前の真実の名はおそらくアキではない」
「な、何故、イラーク様が私の真実の名とやらをご存知なのですか」
いや、たまたまだ、とイラークは手を振る。
「私が王宮を離れ、宿屋を始めた頃、驚くような美女の客が来て。
若く見えたが、実は信じられないような年齢だと言う。
今思えは、お前に似てなくもないその美女は、他の客のギャンブルに暇つぶしに参戦して、ボコスカにしていた」
王子とラロックが同時に呟く。
「母親だな」
「母親ですね」
いや、そんなことで母親の証明みたいに言われても。
それだと、
「彼女は自分には娘がいると言っていた。
夫の話はしていなかったが」
「はあ、私の父親は商社マンらしくて。
いや、見たことはないんですけどね。
いつも何処かを飛び回っているとおばあちゃんが。
死んだとは聞かないから、今も何処かを飛び回っているのだと思います」
「待て」
と王子は言った。
「見たことないのか」
「そういえば、ないです。
学校から帰ったら、今、出て行ったわとかおばあちゃんが言ったり、お父さん帰ってくるけど、遅いからもう寝なさいと言われたり」
「……もしや、この谷底にいるのが、そのショウシャマンじゃないのか?」
「あの、ショウシャマンって、別に怪人でもなければ、正義の味方でもないですからね?」
ただのサラリーマンのはずだ。
この谷底に魔王的な感じに潜んでいようはずもないが……と思いながら、アキは崖下を見る。
そういえば、これがお父さんよ、と見せられた写真はどれも団体写真で小さくぼんやりしていたな、と思い出す。
家族で写った写真さえないし、よく考えたら、なにもかもがおかしい。
おばあちゃんは年とらないし、おじいちゃんは最初から年とってて、そのまま全然変わっていない。
いや、そこは、ただの若作りと老け顔なのかもしれないが……。
イラークはそこで溜息をつき、
「地下に持っていくのなら、おそらく、珍しい物の方がいい。
迷いの森に行って、イノシシをフリーズドライしてこい。
それを手に下に下りよう」
そう言ってくれた。
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