ゾンビか
「地下に下りるそうね、アキ」
そう祖母に言われ、
「聞いたの?」
とアキはイラークをチラと見たが、イラークは無言で鉄板で肉を焼いていた。
香ばしい匂いにつられて兵士たちが皿やナイフなどを手に、ぞろぞろとイラークの許に寄っていっている。
まるで、ゾンビに取り囲まれているようだ……と思うアキの前で、祖母の告白が始まった。
「私とおじいさんは、マダムヴィオレ様の召使いなんだよ。
細かい話はできないが、マダムヴィオレ様は、お前を私たちに託されたのだ」
祖母は珍しくそこで涙ぐむ。
「この世界のために生贄となられたマダムヴィオレ様の唯一の贅沢だったのだ、お前を産むことは。
マダムヴィオレ様は時折、お前の様子をキャリアウーマンに扮して見に来られていたが、基本、地下にいらっしゃる。
私は、お前とお前の名前を、そのときたまたま側にいた庭師の男とともに預かり、お前をあの世界で育てることになったのだ」
庭師か。
そういえばおじいちゃん、造園業やってるな……。
「アキ、お前は年々、マダムヴィオレ様に似てくる。
私の敬愛するマダムヴィオレ様に」
「おばあちゃん……」
「アキノですよ」
持ってきた肉の皿を二人に差し出し、イラークが祖母に言う。
「アキノですよ、そいつの名前」
「……」
祖母はポケットを探った。
そこには古びた羊皮紙があった。
祖母がめくったそれには、カタカナでアキと書いてある。
「マダムヴィオレ様が最初にあちらの世界に逃げたとき、
それで、この名がついたようだ」
「じゃあ、名前、紅葉でよかったんじゃ……」
と呟きながら、アキはその紙を改めて眺めてみた。
「あれっ?
それ、ひっついてない? おばあちゃん」
ぺり、と祖母は羊皮紙を引っ張ってみた。
紙が長くなる。
下に文字が現れた。
「ノ」
「……いや、最初はひっついてなかったし。
見えてたんだが、汚れかと。
っていうか、マダムヴィオレ様は、いつもこうだ。
読めるわけがないっ。
こんなミミズののたくったような字っ」
と敬愛する女主人に対してキレ始める。
「……アキノだったんですね。
もしかして、なにか秘密があって、私の真の名は隠してあるのかと思っていたのですが」
「いや、ノだけ隠すことになんの意味がある」
と王子が横から言ってきた。
「アキって、名前を縮めて呼んでると思ってたんですかね、お母さん。
っていうか、生贄のわりに、ちょろちょろしてますよね」
「まあ、とりあえず、その辺りの事情は地下に下りて聞くがよい」
アキノと書かれた紙をごまかすように急いで畳み、祖母はそう言ってきた。
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