もしも勝負に負けたら……


 アキの目の前で、身体は丸いが目の細いその男は懐からカードを出してきた。


「俺に勝てたら、タダでこの充電器はやろう。

 ただし負けたら……」


 負けたら……? とアキは唾を飲み込む。


「あのライトはやるから、なんか他の便利なものくれよ。

 ライトじゃなくてもいいからよ」

と男は軽く言ってきた。


 ただのゲーム好きのようだった。


「りょ、了解です」

と言いながら、なんにしようかなとアキは迷う。


 私の持ち物といったら、ドレスくらいしかないうえに、箱に戻して、リサイクルされてるしな、と。


 だが、そこでイラークが言い出す。


「よし。

 負けた奴には、今煮えてるやつの前に失敗した、更に赤い鍋を食わそう」


 何故、そうなりますかっ? とアキは振り返った。





 男は、パリスと名乗った。


 ゲームはポーカーのような感じだったが。


 パリスの表情が読めなくて、やりづらい。


 ポーカーフェイスとかいうあれではない。


 口許は動かさないし、目が細すぎて感情が読めないのだ。


 パリスは細い目を更に皿のようにしてゲームをしている。


「……目、悪いんですか?」


 訊いていいのだろうかと思いながら、アキは訊いてみた。


「いや」


「じゃあ、なんでそんな目にするんです?」


「目は口ほどに物を言うって言うじゃないか。

 だから、感情を読まれないよう、細くしてるんだ」


 なるほど、と言ってアキも遮光器土偶のように目を細くしてカードを見てみた。


 ゴーグルなんだか、腫れぼったい瞼なんだかわからないものの真ん中にある、あの一本の細い線にも似た目つきだ。


 後ろに立っている王子が、

「お前……、その顔、百年の恋も冷めるぞ」

と言ってきたが、とりあえず今は勝つことが優先だ。


 というわけで、しばらく、土偶が二体、カードをつかんで向き合っていた。


 だが、パリスが途中で、カッと目を見開く。


 その目、そんなに目、大きかったんですかっ? というくらいに。


「……なにかいい手が来ましたか?」

とアキが問うと、


「何故わかった!?」

とパリスは問い返してくる。


「いや~……今、めちゃくちゃ目を見開いたんで」


「開いてしまったか……」

とパリスはうなだれた。


「いつも気をつけてはいるんだが。

 つい感情が顔に出ちゃってな」


「じゃあ、仮面をかぶるといいですよ」


 アキは、ミカに許可をとり、壁に飾ってあった仮面をパリスに渡した。


 それをかけるだけで、財宝を奪って逃げ去りたくなるような鉄仮面だ。


 表情など見えようはずもない。


「お前、敵に塩送ってどうすんだ……」


 土偶と鉄仮面が向かい合ってゲームをする後ろで王子が呟いていた。


 その横の厨房で、イラークはぐつぐつと鍋を煮ている。


 つんと来る辛そうな匂いに、距離があるのに、鼻がむずむずしてくる。


 カードを手に、アキは叫んだ。


「なに香辛料足してんですかーっ」


 イラークが更に赤いものを鍋に振っているのが見えたからだ。


「いや、投入した海老より色を赤くしてみようかと」


 イラークはなんともないようだが、あの辺りの空気自体がもう辛いようで、彼の後ろを通るミカが咳き込んでいた。


「お前たちに罰ゲームで食べさせようと思っていた奴より辛くなってしまったな」


「食べませんからね、それ、絶対……」


 命にかかわりそうだから……。


 アキはカードを手にしたまま身を乗り出し、厨房の真っ赤になってしまった夕食を窺う。






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